Kyoko Yoshida | Life in Brazil | BLOG |
2024年12月1日(日) | ||||
何だか近年この時期になると毎年のように言っていることだけれど、ついこの間年が明けたばかりのような気がするのに、気がつけばいつの間にかもう12月になってしまったという感じで、月日が猛スピードで駆け抜けているように思う。こんな風に感じるのは年を取ったということなのかな?今年のクリスマスはブラジルに来て16回目のクリスマス。ここでの暮らしは当初は七転八倒いろいろあったけれど、あっと言う間だったような気がする。外ベランダ横の花壇に朝顔がつるを伸ばし、ひとつふたつ花を咲かせ始めたので、うれしくてその写真を掲載したけれど、土曜日の朝はさらに花の数が増えていたので、また写真を撮ってみた。
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2024年12月2日(月) | ||||
昨日は隣町の大きなスーパー・コンフィアンサに買い物に行った。パーディーニョのスーパーにはない魚やしいたけなどだけでなく、今回はクリスマス用のチェスターやパネトーネなどを買うのが目的だった。次の写真は、買ってきたものを袋から出す前に、そのままドンとカウンターテーブルに置いたところを撮ったもの。右側の2つの派手な色のバッグは、自宅から持参した保冷バッグで、これに冷凍されたチェスターや魚などを入れている。この他にお米やワインなども買ったのだけれど、コンフィアンサの駐車場を出たすぐのところにあるお店で買ったひろとめいのためのドッグフード同様重いので、床に置いたままで、この写真には写っていない。ちなみに15キロのドッグフードが今回買ったものの中で一番高く、132.91レアルだった。次に高かったのがクリスマスの夕食用に買った2キロくらいのチェスターで、92.71レアル。次がお米で、56.90レアル。次が冷凍エビで、49.90レアル。次がオリーブ油で、45.75レアル。その他の商品は多少値のはるものが30レアル台で、ほとんどはそれ以下の値段だった。
次の写真は、右側がパネトーネと大晦日の乾杯用のスパークリングワイン。スパークリングワインの値段もピンからキリまであって、これはあまり高くなく、と言うか、結構安くて40レアル少々だった。左側のカゴの中は、チェスターとカニカマやサーモンなどの魚。これらは下の冷凍庫に保存するので、持ち運びし易いようにカゴに入れている。
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2024年12月3日(火) | ||||
家の西側の庭のマナカの木の前辺りに、1~2年前から種が飛んできたのか自然に生えてきたマーガレットの草むらができていて、そこに朝顔の種も落ちたみたいでつるを伸ばして花を咲かせるようになっていた。そうしたら、今年も朝顔の芽が出てきてつるを伸ばし始めたので、エドソンがパラナに頼んで竹を立て掛けてつるが伸びて行けるようにしてくれたので、写真を撮ってみた。ここは鶏やガーニゼたちが好きな場所で、この草むらでゴソゴソしていたり、座り込んでいたりしていたのに、種が食べられずに芽を出したので、ちょっと驚いた。ここ2~3ヶ月、マナカは花が咲いていなかったのだけれど、最近1つ2つ花が咲くようになってきた。この写真でも木の下の方に、2つピンクの花が見える。
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2024年12月4日(水) | ||||
台所の流し台とガスレンジと洗濯機横の流し台の前に置いている3つのマットを、何度も洗っては使っているのだけれど、だいぶ古くなって汚れが落ちなくなってきているうえに、ほつれてきたりしているので、新しいものがほしいなと思い、エドソンにも話していた。そうしたら、1~2週間前にメルカド・リブレ(ネット通販)から届いた品物の中にあったのは、台所用のマットではなく、洗面所用のバスマットだった。しかも真っ赤なバスマット。日本から買ってきた水色のバスマットは10年以上使っていて、洗ってもなかなか汚れが落ちなくなっていたから、新しいものは歓迎だけれど、赤ですか?と思った。でも、きれいな赤なのでまあいいかと思った。そしてこの月曜日に台所のマット3点セットが届いた。汚れが目立たないように黒っぽい色のものを選んだのだそう。こちらは流し台が黒だから、色合いは一応合っていて問題なし。ありがとう。
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2024年12月5日(木) | ||||
1日は日曜日だったので、クリスマスツリーを飾ろうと思っていたのに、午前中買い物に行ってバタバタしたので忘れてしまい、3日になってようやく納戸に仕舞ってあるツリーやオーナメントを出してきて飾り付けをした。週末だとエドソンにも手伝ってもらうのだけれど、今回は私ひとりでやってみた。このカウンターテーブルにはぴーちゃんのための箱小屋を数週間にわたり置いていたので、水がこぼれたりしてテーブルにシミがついていたので、まずはテーブルにワックスをかけて、乾かしてからの飾り付けとなった。2枚目の写真は、このクリスマスツリーと一緒に居間の柱の前の椅子に飾るいつもの靴下。そして、テレビの足元に置く雪だるま。これまでこれらの写真を掲載したことがあったかどうか記憶にないけれど、この3つが我が家のクリスマスの定番の飾り。これで何とかクリスマスを迎えられる。
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2024年12月6日(金) | ||||
次の写真は、食卓の上のポインセチア。赤いポインセチアはクリスマス用に毎年12月にボトゥカトゥのスーパーで買って、ここに飾り、2~3ヶ月すると葉が落ちたりしおれたりして元気がなくなるので、外に地植えするのがいつものパターンなのだけれど、昨年買ったこのポインセチアはいつまでも元気で、いまだに葉を茂らせている。それで今年のクリスマスも大丈夫そうなので、新しいポインセチアを買わず、引き続きこのポインセチアを食卓に飾っている。スーパーで買ったポインセチアの鉢植えが1年以上元気にしているなんて初めてのことで驚いている。
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2024年12月7日(土) | ||||
2024年12月6日付けのブラジル日報に、サンパウロ在住の毛利さんのアマゾンに関する特別寄稿が掲載されていたので、以下にその記事へのリンクをはってみる。「【寄稿】アマゾンに埋もれる大自然と古代都市=先住民族1千万人が土壌改良した大地=アンデス山脈の「空飛ぶ川」とは=サンパウロ市在住 毛利律子」の記事のサイトは、こちらへ。 | ||||
2024年12月8日(日) | ||||
昨日リンクをはった毛利さんの記事は、その後何故かアクセスできなくなっていて、ブラジル日報だけでなく、Yahooニュースからアクセスしようと思ってもできなかった。どうしてだかわからない。 金曜日に隣町ボトゥカトゥの日本食料品店のウエノに買い物に行った。これまではいつも土曜日に行っていたのだけれど、土曜日はお客さんが少ないので、9月から水、木、金しか営業しないことにしたということで、エドソンの仕事の都合で困ったなと思っていた。でもこの金曜日の午後なら何とか時間がとれるということで行ってきた。次の写真は、買って帰った食料品の一部。そして帰る途中で、ショッピングモールの中にある携帯電話のお店に行って、エドソンが以前使っていた携帯を私が使えるようにしてくれたのだけれど、日本で言うところのラインにあたるWhattsApp機能などは使えても、電話がつながらない状態だったので、それを直してもらいに行った。と言うか、結論から言うと、この私の携帯用に新しく買ったSIMcardに問題があったようで、それをまた新しいものに替えたら使えるようになった。携帯電話はほぼ使うことはないのだけれど、停電の際はPCもインターネットも使えなくなるので、緊急事態用に用意してくれた。そして、普段は下の事務所にいるエドソンに「お昼ですよ」とか連絡するのに、これまではPCのグーグルチャットを使っていたのだけれど、メッセージが届いても着信音がしないことが多々あって不便だったので、現在はWhattsAppを使って連絡をしている。これまでまったく携帯の使い方を知らなかった私も少し携帯を使えるようになり、ちょっとだけ進歩して、時代に取り残されている感じが薄まった。
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2024年12月9日(月) | ||||
エドソンと私がアメリカ時代に働いていたサテライフの同僚で、今も仲良くしている友人のジョンから金曜日の夜メールが来た。今仕事でナイロビ大学に来ているのだけれど、昔、サテライフがナイロビ大学に衛星通信設備を設置したことを話すと、その当時の受け入れ担当だった先生は亡くなっているけれど、教授の中で一番年の多い人がそのことを憶えていて、その衛星通信設備はまだあると言って、倉庫に連れて行ってくれて、アンテナを発見したと言うびっくりニュースを知らせてくれた。「これってサテライフのアンテナだよね?2つあるのは、それぞれHealthSat1とHealthSat2用なの?」というメールだったので、エドソンが早速、そのエッグビーターアンテナはHealthSat1用で、エドソンが当時ナイロビ大学にいたイギリス人のダグ・リグビーと設置したもので、大きい方はアップリンク用で小さい方がダウンリンク用だと返事をしていた。1991年、今から33年前の12月上旬(ちょうど今の時期)に、エドソンは仕事を休んで、ブラジルからアフリカに行き、サテライフの衛星通信設備設置のために複数の国をジョンと一緒に飛び回ったのだけれど、ケニヤはエドソンがひとりで行き、ケニヤから陸路ウガンダに移動してからジョンに合流したということだった。送られてきた写真を見て、倉庫と言ってもまるでゴミ捨て場のようだと思ったけれど、壊れもせず、廃棄もされずにまだ大学にあるなんてとエドソンもびっくりしていた。私たちがそれぞれサテライフで仕事をするために渡米したのが1992年7月末で、エドソンが私よりも2日くらい早く到着していたのだけれど、その前の年にエドソンはボランティアですでにサテライフの仕事をしたという遠い遠い昔の話。
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2024年12月10日(火) | ||||
この土曜日の夕飯は、いつものように私が英語のレッスンをしている間にエドソンが作ってくれたのだけれど、メインは骨つきチキンレグのローストで、それとは別に、次の写真のトマトとバジルとモッツアレラチーズのカプレーゼも作ってくれていたので写真を撮った。うちではバジルをたくさん育てているので、せっせとバジルを食べたいようで、ベビートマトとモッツアレラチーズを買ってきて、これまでこのカプレーゼを何度も作ってくれている。これは普通前菜なのかもしれないけれど、私たちはお肉の付け合わせのサラダのようにして食べている。
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2024年12月11日(水) | ||||
次の写真は、広島の友人が送ってきてくれたもの。1枚目は、朝のラジオ体操が始まる前、夜明け前の街灯に照らされた黄色く色づいたイチョウの木。このイチョウの黄色もきれいだし、瀬戸内海もきれいに写っている。2枚目はラジオ体操が終わった後、彼女の家の裏の窓から見た風景。山々の頂に雪が積もっているのが見える。平地ではまだ降っていないけれど、これは初雪かな?と言っていた。さすがに12月ともなれば冷えてきているようだ。
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2024年12月12日(木) | ||||
今年のいつ頃だったかジョゼ・ハファエウから黄色い花が咲く木の苗木を2本もらって、しばらくそのまま鉢で育てた後、入り口ゲートに向かう道沿いに地植えしたのだけれど、その苗木の小さい方に花が咲いていたので写真に撮った。まだこんなに小さいのに花が咲いていることに驚き。そして、もう1本の大きい苗木には何故かまだ花は咲いていない。どうしてだろう?
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2024年12月13日(金) | ||||
今週の月曜日と火曜日の2日間、エドソンがブラジリアに出張だったため、私はひろたちとお留守番だった。両日共お天気が良くなく雨が降ったり止んだりだったので、掃除はできなかったけれど、洗濯やらエドソンの新しいズボンの裾上げなどをし、楽書倶楽部に今月中に提出するための文章を書く作業などに勤しんだ。エドソンのフライトが午前8時と早かったので、彼は朝4時起きで、シャワーを浴びて支度をして、いつも私が作っている果物と野菜を混ぜたジュースを飲んで、まだ暗い中、4時半には出かけて行った。途中、ホドサーブで給油してからカンピーナスの空港近くの駐車場まで車で約2時間。そこから駐車場がお客さんを輸送しているバスで空港まで移動し、チェックインをして、軽く朝食を食べて、搭乗。往路はスムーズに行ったようで良かった。ここと違ってブラジリアはとても暑いので、その暑さに疲れたと言っていた。今回の出張ではそれぞれの訪問先でかなりの偉いさんたちとミーティングを行うため、半袖のポロシャツというラフな装いはできず、背広にワイシャツとネクタイという装いだったので、それは暑かっただろう。予想してはいたことだけれど、やはりね。 月曜日は、アメリカで言えばNASAにあたるブラジル宇宙機関でのミーティングとブラジル空軍のスペースセンターでのミーティングがあったそうで、次の写真は、そのブラジル空軍のスペースセンターで撮られたもの。火曜日は再度ブラジル宇宙機関でのミーティングだったそうで、2枚目の写真が、そのブラジル宇宙機関で撮られたもの。そして、火曜日の午後4時25分発のフライトで戻る予定が、エドソンが乗るはずのフライトがキャンセルされてしまったため、次の午後7時40分のフライトになってしまい、さらにそのフライトの出発が遅れたため、カンピーナスの空港に到着したのが10時頃で、それから駐車場に移動して、車を運転して帰宅したのが日付が変わった0時半だった。長い長い1日になった。でも、何とか無事に帰宅してくれて本当に良かった。最近は大晦日でも12時まで起きていられない私だけれど、この日はエドソンが無事に戻るまでは心配で、とても寝てなどいられなくて、ずっとコンピュータの前に座って楽書倶楽部に提出する文章を書いていた。文章を書くことに集中していると、時間が早く経過する感じで、ひどく心配したりすることなく、不安な感じも和らぐので、ちょうど良く助かった。
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2024年12月14日(土) | ||||
エドソンが出張中の2日間は英語のレッスンもなかったため穏やかに過ごしたと言いたいところだけれど、実は火曜日の午前中、在サンパウロの日本総領事館からメールが来て、在留証明書発行申請の郵便を受け取ったけれど、納税証明書が同封されていなかったので、至急送ってくださいという内容だった。それで、火曜日は総領事館と何度もメールのやり取りをして、在留証明書を申請する度に毎回変わる総領事館の対応にストレスレベルがかなり上がってしまい、トホホな気分で過ごした。水曜日にエドソンに頼んで納税証明書のコピーを私に送ってもらい、それをメール送付で良いという総領事館に送信する際、これまでにあちらの対応がコロコロ変化している事実を書いて、今後このような変遷のないことを願うとメールし、今後提出に必要な書類をちゃんと再確認してもらい、一応一件落着となった。以下はこれまでの経緯を説明したメールの一部。
1、コロナ禍以前
2、2023年2月(2023年の現況届用)
3、2023年12月(2024年の現況届用)
4、2024年12月(2025年の現況届用) このような対応の裏にどのような理由があるかは別にして、このようにそちらの対応が次々に変遷している事実を、事実として受け止めてご理解ください。こちらが勝手にこの書類でいいだろうと決めて申請しているわけではありません。その都度困惑しながらもそちらの指示に従っているのです。今後はさらなる対応の変遷が起こらないことを切に願います。 以上が、これまでの事の成り行きを説明した私のメールの一部なのだけれど、総領事館と関わると、いつも疲れる。在留邦人として年金を受け取る身としては、まったく総領事館と関わることを避けることはできず、毎回トホホな気分になるのだった。 | ||||
2024年12月15日(日) | ||||
次の写真は、家の前の外ベランダ横の朝顔のアーチと、家の西側の朝顔と、花の数が増えてきているマナカの木の位置関係を示すために、まとめて撮ったもの。家を出入りする際、この景色を見ながら、きれいだなと満足しながらこの前を通っている。
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2024年12月16日(月) | ||||
母親に育児放棄されたため、家の中の箱小屋で育てていたぴーちゃんが、だいぶ大きくなってきたので畑のガーニゼ小屋に移したことは以前書いたけれど、その後のぴーちゃんの様子について、またちょっと書いておこうと思う。ぴーちゃんはヒナの頃は障害を持っていることは目立たず、よく分からなかったのだけれど、大きくなるにつれて左脚に障害を持っていることが鮮明になってきて、両脚でふんばることも難しくなっている状態だった。そして、ガーニゼ小屋に移した後は、体がまた少し大きくなってきたからか、その脚の障害がさらに顕著になり、最近では両脚で立ち上がることも難しいようで、座ってというか、うずくまっていることが多くなった。体を動かそうとするとうまく脚に力が入らないようで、翼を広げて、まるで両手も使って体を支えようとするような、何だかとても変な恰好をしていることもよくある。でも翼は手ではないので、体を支える助けにはなっていない。次の写真は、小屋の中で両脚を左右に広げて座り込んでいるぴーちゃん。見ていてとても可哀想だけれど、毎日ぴーちゃんに声をかけて、エサと水をあげる以外に、私たちにはどうしてあげることもできない。
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2024年12月17日(火) | ||||
今月上旬に秋篠宮夫妻がトルコに行った際、公式訪問だと言いながら、遺跡観光ばかりしていたようだけれど、皇室関連の動画をあげているYoutuberの一ノ瀬さんが、日本とトルコの国交樹立100周年を祝うという歌い文句での訪問なら、観光ばかりでなく、日本とトルコの協力で完成させたボスボラス海峡を横断する鉄道を視察するという公務を入れるべきではないかと、言っていたけれど、その通りだなと思った。この一ノ瀬さんの動画が出た同じ時期にNHKの「新プロジェクトX」という番組でこのプロジェクトのことが放送されたそうだけれど、ここでは見れないので少し残念だなと思っていた。そうしたらその何日か後に、何故かYoutubeのお勧めで、トルコの150年以上に渡る夢だったこのボスボラス海峡横断鉄道の工事に関する大成建設公式チャンネルの動画が上がってきたので、その様子を見てこの快挙について詳しく知ることができた。こういう協力があったことは一ノ瀬さんの動画を見るまではまったく知らなかったので、「すごいぞ日本!すごいぞ大成建設!」と思った。それでこの「【大成建設】ボスボラス海峡横断鉄道トンネル~海底をわたる風~」というサイトにリンクを以下にはってみた。このYoutubeサイトは、こちらへ。 | ||||
2024年12月18日(水) | ||||
先週末、今年最初のホリデーメッセージが届いた。例年楽書倶楽部の前園さんからクリスマスとお年賀を兼ねた手作りのカードが一番早く届くのだけれど、今年は、今月上旬にナイロビからメールをくれたジョンからのメッセージが一番だった。彼は仕事であちこち海外に出るだけでなく、10月のお誕生日にバースデーメールを彼に送ると、奥さんとギリシャ旅行をしている最中だったりと、とにかくアメリカ国内にいるよりも海外にいることの方が多いんじゃないかと思えるような人。だからよくこんなホリデーメッセージを早々に準備したなと感心してしまった。それで私もそろそろ準備をしなくてはと思い、月曜日に楽書倶楽部に提出する原稿を前園さんに送ることができたので、ようやく日本以外の国に住む友人向けにホリデーメッセージの準備にとりかかり始めた。
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2024年12月19日(木) | ||||
虫が苦手な人は、今日のブログの写真はスキップしてください。外ベランダ横の花壇でつるを伸ばしている朝顔に種類と大きさなの異なる青虫が1匹ずついたので、写真を撮った。1匹は、画面左側の上のつるに逆さに止まっている。緑色の体に黒い筋と点の模様がはっきりと見える。もう1匹は、画面右下のつるに、やはり逆さに止まっている。薄緑色一色の体で、左上のものよりも小さい。体の右半分に白い毛でも生えているように見えるけれど、近くで見ると卵が垂れ下がっているように見える。こういう虫がいると、だいたい葉が食べられたりするものだけれど、今のところ葉が食べられている形跡はない。これらの虫は蝶々になるのかな?
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2024年12月20日(金) | ||||
12月17日付けのブラジル日報に、『ノーベル平和賞=在伯被爆者の渡辺淳子さん出席=森田隆さんらの遺影を掲げて=「平和活動は無駄ではなかった」』という記事が掲載されていたので、以下にその記事へのリンクをはってみる。この記事のサイトは、こちらへ。この記事では、ノーベル平和賞の授賞式がノルウェーのオスロであった書かれていた。昔、IPPNWが平和賞を受賞した際はストックホルムで受賞式があったと思っていたのだけれど、どうも記憶違いだったようだ。IPPNWのストックホルム大会があった際、平和賞受賞式と晩餐会があったとされるストックホルム市の建物の中を見学させてもらったことがあったのだけれど、あれは平和賞ではなく、他のノーベル賞受賞式が行われた会場だったのかな? | ||||
2024年12月21日(土) | ||||
広島の友人が彼女の自宅前の桜の木の写真を送ってきてくれた。1枚目の写真は、4月に撮影したもので、満開の桜がきれい。そして、2枚目は、今月撮った写真で、「今年の秋は遅かったのでまだ紅葉が少し枝についてます」とあった。それにしてもこの木は大きくて立派な枝ぶり。
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2024年12月22日(日) | ||||
次の写真は、先日の夕飯の食卓を撮ったもの。メインはきんぴらごぼう風のおかずで、納豆、そして、わかめとそうめんのお味噌汁を添えた。画面の奥にあるのは、さつまいもを茹でたものとラディッシュの酢の物で、2~3日前に常備菜として作って少しずつ食べているもの。この黄色っぽいさつまいもとオレンジ色の2色のさつまいもは、手伝いのパラナからもらったもの。彼はかれこれ3回、うちで野性の豚を獲ろうと、うちにやってくるのだけれど、必ずさつまいもとかビーツとかラディッシュとかの野菜をおみやげに持ってきてくれるのでありがたくいただいている。でも、まだ豚の捕獲には至っていない。こういうちょっと和風の夕飯が食べられるのは、先日、隣町の日本食料品店のウエノに行った際、ゴボウ、コンニャク、納豆、豆腐などを買ったから。それで、ごうぼう、ニンジン、ビーツ、コンニャク、牛肉を炒めて、きんぴらごぼう風の夕飯を作った。お味噌汁はお豆腐とわかめにしようかと思ったのだけれど、前の日にサラダそうめんを作った際、そうめんを少し多く茹で過ぎてしまったので、お豆腐の代わりに残ったそうめんを入れた。このそうめんもウエノで買ったもの。ウエノに行くと、ここでは手に入らない食材がいろいろ手に入り、日頃あまり食べられないものを食べることができるので、うれしい。
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2024年12月23日(月) | ||||
今年一番乗りでホリデー・グリーティングをメールで送ってきてくれた友人に、こちらからのSeason’s Greetingsを送ったら、良い年を!というメッセージ以外に何の説明もなく以下の写真が送られてきた。イースター島に行ったのかな?いつもあちこち行っている人なので、行っていたとしても不思議はないのだけれど、あえて、行ったの?とは聞かなかった。
次の写真は、この土曜日に手伝いのパラナがうちで育てているきゅうりとオクラを収穫してきてくれたもの。パラナは色々種を持ってきては蒔いて、育ててくれるのだけれど、私たちはこの太いタイプの西洋きゅうりは好きじゃないので、ありがたいとは思うものの、正直ちょっとトホホな気持ちでもある。
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2024年12月24日(火) | ||||
今年も無事にクリスマスを迎えることができた。今年で16回目のクリスマス。いつもと何も変わらないけれど、変わらないのが良いと思える年齢になったような気がする。今日は昨日から解凍しておいたチェスターをローストしたり、チェスターと一緒に食べる副菜作りで忙しい1日になりそう。
![]() 次の写真は、先日の朝、エドソンが居間の西側の窓から外のベランダの様子を撮ったもの。ガーニゼや鶏が全員ではないけれど、外ベランダに集まっている。それをめいが見ている。ほぼ毎日のように見られる光景。めいは鳥たちに向かって吠えている時もあるけれど、黙って見ていることの方が多い。でも、鳥たちが油断してめいの近くに来すぎると、途端にめいは鳥を捕まえようとする。本能なんだろうなと思う。
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2024年12月25日(水) | ||||
次の写真は、クリスマスツリーを背景に、その前に置いたクリスマスプレゼントを撮ったもの。ひとつひとつきれいに包装してもその箱や紙がゴミになってしまうので、何だかもったいないと思い、今年は買ったものを袋や箱から出して、裸で置いてみた。だって、サプライズで買ったものなどないので、最初から開けっぴろげでも何の問題もないから。ひろのベッドふたつ。エドソンが下の事務所で使う除湿機。私がコンピュータデスクで使うためにとエドソンが買った時計つきの温度計と湿度計。パーディーニョの衣料品店で買った私用のジーンズ2本とシャツ1枚。その衣料品店のご主人のジョゼにもらった白ワイン。エドソンが9月に行った出張先のサン・ジョゼ・ドス・カンポスのショッピングモールで自分用に買ったコットンパンツ1本。先日のエドソンのブラジリア出張中にようやく裾上げ作業をチクチクすることができたので、クリスマスに間に合った。ひろとめいのためのビーフジャーキーの様なおやつ。私用の外履きのつっかけ。エドソン用にも同じつっかけを買ったのだけれ、届くとすぐに使い始めたのでここには置いていない。クリスマスプレゼントと言っても、みな普段の生活で必要なものばかり。
クリスマスイブの夕飯メニューは、ローストチェスター(重量が2.2キロもあったので、半分に切って、新じゃがいもと一緒にローストしたもの)。ベーコン、ニンジン、玉ねぎ、オリーブなどとカサバ粉を混ぜて作ったファロファ。アメリカでは鶏かターキーを丸焼きにする際、お腹にいろいろな具材を詰めてスタッフィングを作るけれど、エドソンはそのスタッフィングではなく、カサバ粉と適当に具材を混ぜたファロファを作る。そしてそれをお腹に詰めたりはせず、食べる際にお皿によそうスタイル。これがちょっとブラジルらしいところ。そして、作り置きの白いんげん豆の煮豆。茹でたブロッコリーとアスパラ。もちろん普通に炊いたご飯も。デザートは、ティラミス用のマスカルポーネチーズが手に入らなかったので、スーパー・コンフィアンサで買ってきたオランデーザというケーキ(2枚目の写真)。ちなみにブラジルでは(アメリカも同じだと思うけれど)この時期、日本で販売されるクリスマスケーキなどと言うものはない。
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2024年12月26日(木) | ||||
日曜日の午前中、隣町の大きなスーパー・コンフィアンサに買い物に行った。いつもはエドソンが水曜日の午後パーディーニョのスーパーに行ってくれるのだけれど、今週の水曜日は25日。クリスマスでお店はお休みなので、野菜と果物を仕入れておきたかったので行ってきた。前回はなかったアスパラガスと大根とキヌサヤがあり、大満足。その後、スーパーの出口前にあるペット用品のお店で、ひろのためのクリスマスのプレゼントとして、居間用と寝室用に同じ大きさのベッドを1つずつ買った。これまで使っているものは、何度もつぎあてをして補修して使っているのだけれど、さすがにもうボロボロになったので、新しいものを買った。そして、ひろとめいのためのおやつとして、ビーフジャーキーのようなものも買った。次の写真は、買い物から戻り、新しいベッドに対するひろの可愛い反応を写真に撮りたいとエドソンが言うので、撮ったもの。毎回のことだけれど、新しいベッドを見せると、ひろは大喜びをしてくれる。
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2024年12月27日(金) | ||||
先日クリスマス前に、エドソンが朝食にポンジケイジョ(pao de queijo=チーズのパンという意味)を作ると言って作ってくれたのだけれど、丸めないでフライパンに生地を入れてパンケーキのようにして作ってくれた。火加減が難しかったのか、片面が少しこげたけれど、味はポンジケイジョだった。その写真は撮り忘れてしまった。その日の夕方、翌朝用にもう一度作ってくれ、今度はパウンドケーキ型に入れてオーブンで焼いてみると言ってできたのが、次の写真の長方形のポンジケイジョ。もっと膨らむはずなのに、何故膨らまなかったのだろう?と、少しがっかりしていた。でも、これもちゃんと味はポンジケイジョだった。2枚目の写真は、ネット上から拝借した本来のポンジケイジョ。lunchは英語で昼食(ランチ)のことだけれど、ブラジルでは昼食はalmoco(アルモッソ)と言い、ランチはランシと発音して、軽食とかスナックの意味で使われ、ポンジケイジョはその一般的なランシのひとつ。ブラジルではどこに行ってもポンジケイジョがあるほど人気のランシ。ブラジル人のソウルフードのひとつと言ってもいいかもしれない。先日エドソンがブラジリアに出張した際、朝早く家を出て食事をする時間がなかったので、カンピーナスの空港で搭乗手続をした後、エスプレッソとポンジケイジョを食べて腹ごしらえをしたと言っていた。
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2024年12月28日(土) | ||||
うちの敷地内のあちこちに手伝いのパラナが豆の種をたくさん蒔いたので、たくさんの芽が出てきている。それで次の写真を撮ってみた。1枚目の写真は、入り口ゲートに向かう道沿いのエリア。どうやらこれらはカリオカ豆らしい。2枚目の写真は、入り口ゲートの手前のエリアで、豆だけでなく、とうもろこしやマシシなど、色々なものが育っている。
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2024年12月29日(日) | ||||
サンパウロ大学ロレナ校での一年を無事に終えて、夏休みになったマテウスが実家に帰省し、先週の金曜日に、ほんの数分うちに立ち寄ってくれた。単位を落としたりすると、来年1月に追試があるので、2月くらいまで進級できるかどうかわからないと、以前言っていたけれど、どうやらひとつも単位を落とすことなく進級することができたようだった。最初の試験で良い点数が取れなかった微分積分もYoutubeで、中華系アメリカ人の人がやっている英語の動画を見て勉強して、2度目の試験からは良い点数が取れるようになったと言っていた。そして、一年目はクラスでトップの成績で終えたということだった。がんばったね。先週はちょっと立ち寄ってくれただけだったので、今週は一緒にゆっくり食事をしようと誘い、この金曜日に来てくれたので、一緒に夕飯を食べた。彼にとってはうちでの初めての食事なのでどうしようかと悩んだのだけれど、気に入ってくれるかどうかわからないけれど、あえて天ぷらにしてみた。さつまいも、人参、アスパラ、玉ねぎ、エビを揚げ、作った天つゆにしょうがを入れて、食べ方を教え、きゅうりの酢の物も出してみた。エビは以前一度食べたことがあると思うけれどどんな味だったか憶えていないと言っていた。でも、食べ始めるとおいしいと言って、パクパク食べてくれた。ブラジルのご飯は塩やにんにくを入れて炊くので、日本のまったく味のない白米は苦手かもしれないので、ふりかけを使ってもらうと気に入ってくれ、きゅうりの酢の物もエビ同様とてもおいしいと言って、これも何度もおかわりをしてパクパク食べてくれ、初めて食べるものに対する拒否感がなく、普通のブラジル人に比べあまり好き嫌いがないようなのでほっとした。食べ始める際写真を撮ろうと思っていたのだけれど、忘れてしまい、食事がだいぶ進んだ頃になって思い出して撮ったのが次の写真。
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2024年12月30日(月) | ||||
私には時々メールのやり取りをしている従兄がいる。彼は来年米寿を迎える。先日ボスボラス海峡横断鉄道の工事に関する大成建設公式チャンネルのYoutube動画を見たので、これはぜひ彼にリンクを送らなければと思い、久しぶりにメールした。もう何十年も昔の話だけれど、彼は建築家として大成建設で仕事をしていたのできっと喜ぶだろうと思ったから。するとNHKの「新プロジェクトX」でもこの海底鉄道のことをドラマ仕立てでやっていたから見たよと言い、今年の7月に長女さんとふたりでドイツ旅行に行ってきたと言って、その時の写真をたくさん送ってきてくれた。彼は仕事の他に地元で男声合唱団を作って活動していて、来年が40周年になると言っていた。以前、その合唱団でヨーロッパ公演をしたことがあると聞いていたから、その関係で知り合ったドイツ側の合唱団の人たちを訪ねたのかなと思い、いろいろ聞いてみると、彼の合唱団ができて10年目の1995年にドイツに初めて行き、2000年に二度目の訪独をしたのだそう。以来ドイツが好きになり、今年が10回目なのだけれど、最後に行ったのが2010年とずいぶん前のことなのに、先方の人たちは今も忘れずに大歓迎してくれて感動したと書いていた。 つい先日届いた今年最後のメールに添付されていた写真をここに掲載してみようと思う。1枚目の写真は、2003年にベルリンの世界合唱祭に参加した時のものだそうで、この屋外の会場は2万人収容で、ヒトラーが造ったのだそう。2枚目はそのステージを撮ったもの。この時彼は東京リーダーターフェルというのに所属していてこの世界合唱祭に参加したということだった。そして、3枚目は、ベルリン・リーダーターフェルが日本に来た時のもので、横浜みなとみらい大ホールで彼の地元の合唱団がプロデュースして大成功だったのだそう。それらを通して培われた友情が続いて、今回の訪独があったのだということだった。4枚目は、今回訪独した際の記念パーティーの模様がベルリン・リーダーターフェルの機関紙に載せられたものだそう。「継続は力なり」と言うけれど、これぞ民間外交の極みだなと思った。
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2024年12月31日(火) | ||||
いよいよ大晦日。外ベランダ横の花壇と、家の西側の庭の前の朝顔が私たちの希望通りつるを伸ばして、きれいな形になったので、一年の締めくくりに写真を撮ってみた。去年は朝顔の元気がなく、ほとんど芽が出てこなかったり、芽を出してもあまりつるを伸ばさなかったのだけれど、今年はとても元気よく育ち、左右からのつるが合流して、きれいなアーチを作ってくれた。マナカの前の朝顔は、ちょっとクリスマスツリーみたいな形だねとエドソンがコメントしていた。そして、どちらも葉がこれまでになく大きく元気だ。2枚目の写真は、玄関先からこの朝顔のアーチを撮ったもの。こちら側から見ると左右の竹を支えるために通したひもにも朝顔のつるが左右から伸びて合流しているのがはっきりと見える。
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