Kyoko Yoshida Life in Brazil BLOG 

2023年11月1日(水)

庭の東側あるフランボヤン(鳳凰木)の木に花が咲き始めた際、その写真を掲載したけれど、あれからさらに花の数が増えてとてもきれいなので、また写真を撮ってみた。年々花の数が増えているように思うけれど、花をたくさんつけている枝とつけていない枝があるのはどうしてだろう?

2023年11月2日(木)

10月31日に、『ワクチン問題告発の京大准教授が退職へ「大学から最後まで理解を得ることはかなわず」宮沢孝幸氏今後は「まったくの白紙」』という記事をインターネット上で見かけた。京大の宮沢孝幸先生がとうとう京大を去ることになったというニュースだった。ウイルス研究者として事実を話しておられたので、こうなるであろうことは想定内とは言え、身を削って警鐘を鳴らしてきておられたのに、残念だなと思う。この記事のサイトは、こちらへ

先日咲き始めたくちなしの花の写真を掲載したけれど、これも数日すると花の数が増えたので、再度写真を撮ってみた。今回は食堂の西側の窓から撮ったもの。花がたくさん咲くと、ほのかにいい香りをするのだけれど、今のところ側を通っても、その香りは漂ってこない。お天気が良い日が少ないからかな?でも、ユーカリの木は雨の後、いい香りが漂っていることが多いのだけど、この違いは何故なんだろう?

2023年11月3日(金)

ランドマークの木の左側、そこから下の道に下りる坂の上部に植えたサボテンが毎年新しい芽を出し、どんどん大きくなって来ている。今年も黄色い花を咲かせたので、写真を撮ってみた。このサボテンの全体を撮った2枚目の写真で、咲いている花の左側にもうひとつ花芽のようなものが出てきているので、これもしばらくすると開花するのかもしれない。

2023年11月4日(土)

9月の下旬、真夏のようにとても暑い日が続いた際、鶏やガーニゼも自由に外に出られるようにした。その頃、今年の前半に卵を生んでオスのひなをかえしたガーニゼママがまた卵を抱え始めていた。それからしばらくして、もう一羽のメスも小屋の中の箱に座り込んで卵を温め始めた。小屋の中には箱を2つ並べて置いているのに、何故かひとつの箱に二羽がぎゅうぎゅう詰めになって座っていた。そしてこの木曜日の朝、エサを持って行くと、ガーニゼママが箱の外で座り込んでいたので、どうしたのかな?と思いながら、この子の側でひっくり返っていたエサの容器を取ろうと手を伸ばすと、きゅーと鳴いて立ち上がり、その下から一羽のひなが出てきた。ああ、卵がかえってひなが生まれたんだとうれしく思った。もう一羽のメスのガーニゼは座り始めたのがガーニゼママよりも遅かったので、まだ3つの卵を抱えて座り続けている。次の写真は同じ日のお昼前に小屋に行って撮った生まれたばかりのガーニゼのひな。以前生まれたひなは全身薄い黄色だったけれど、今回生まれたひなは薄い黄色の体の両脇に少し黒い筋が入っているのが見える。2枚目の写真のひなの側に見えるのはガーニゼママではなくて、もう一羽のガーニゼのメス。三羽いるガーニゼのメスのうち、一番若いガーニゼも卵を生んで抱き始めたのだけれど、何故か小屋の中の箱ではなく、以前ダンゴーラが卵を生みつけて、結局卵をかえすことをしなかったのと同じ食堂と外階段の隅っこの門に卵を産みつけて座っている。これらの卵も何とかかえってくれるといいなと願っている。

2023年11月5日(日)

「とっさんTV」のとっさんが、「ハマス無条件降伏。武装解除せよ。ウクライナ情勢はヘルソン、新映像が出た。その他、話せない話」という動画をあげていたので、以下にリンクをはってみる。世界中がイスラエルにガザへの攻撃を止めろと言っているけれど、何故ハマスに攻撃を止めろとは言わないのだろう?そして、ガザの人々を人間の盾にして、イスラエルの攻撃で一般市民がこんなに亡くなったと宣伝しているけれど、イスラエルの避難勧告にも関わらず、何故、一般市民がまだ北部にいるのか?それはハマスが彼らを人間の盾にしているからだということには言及しない。今起こっている殺戮を止めたいなら、ハマスに人質を解放して武装解除せよと何故迫らないのだろう?ハマスのように一部過激派のイスラム教徒の教義にはユダヤ人を殲滅して、イスラエルという国をこの世界から消してしまわなければならないという思想があるのだから、イスラエルに攻撃を止めさせてもテロはなくならない。本当に一般人の命を救いたいのであればハマスに戦闘を止めて、降伏するように勧告するべきなのではないだろうか?そして、カタールやトルコで悠々自適な暮らしをしているハマスの指導者の責任を追求すべるきなのではないだろうか?この「とっさんTV」のサイトは、こちらへ

2023年11月6日(月)

土曜日に久しぶりにボトゥカトゥに買い物に行ってきた。日系食料品店のウエノでお米やキッコーマンのお醤油や豆腐、油揚げ、納豆などなどいろいろ買った。その後、スーパー・コンフィアンサに行って買ったメインはお魚類。サーモンやティラピア、エビの他にマンジューバも欲しいなと、マンジューバのパックをエドソンが手に取ると、何とそのお隣にマグロがあったので、それに敏感に反応したエドソンは、「マグロだ!買おう!」ということで買ってきたのが次の写真のマグロ。548グラム、35.57レアルという値段だった。高いのだか安いのだかよくわからない。このマグロ、冷凍ではなかったけれど、お刺身にできる鮮度ではないと思ったので、フライパンでソテーして食べることにした。早速土曜日の夕飯に食べたいということで、半分をソテーしておいしくいただいた。とても久しぶりだったので、エドソンは「おいしい。おいしい」を繰り返していた。ブラジルに来てからスーパーでマグロを見たことがなかったので、ちょっと感動。ちなみにマグロはポルトガル語でアトゥン(atun)。

2023年11月7日(火)

11月4日付け東スポWEBに、『ほんこん 熊本市定住外国人からの〝意見〟に怒「民主主義国家じゃなくなってしまうぞ」』という記事があった。この記事のサイトは、こちらへ

同じく11月4日付けの東スポWEBに、同じ問題について、スウェーデン出身の庭師でタレントの村雨辰剛氏の『村雨辰剛 定住外国人からの〝意見〟に持論「日本は日本のままでいいです」』という記事もあった。この記事のサイトは、こちらへ

2023年11月8日(水)

ガーニゼの小屋の中で卵を抱いていて、最近ヒナをかえしたガーニゼママは、朝、私がエサを持って行って、小屋の中のエサの容器に粉末のエサを入れて、とうもろこしを投げ込むと、時々箱の中から出てきてエサを食べていたけれど、食堂の西側の壁際に卵を生んで座り込んでいるガーニゼの一番若いメスは、ずっとそこを離れないようなので、お腹が空くだろうに大丈夫だろうかと思っていた。そうしたら先日の午前中にガーニゼの小屋の中の水を替えたり、野菜くずをあげたりするために小屋まで行くと、このメスが鶏小屋の運動場でエサをついばんでいた。ああ、お腹が空いたらここにくれば何かエサがあるだろうとちゃんとわかっているんだなと、ほっとした。こちらが心配するほど彼らもバカではないんだ。次の写真の1枚目は、座り込んでいるガーニゼ。緑の葉の間に薄茶色のような色が見えるけれど、それがガーニゼ。2枚目は、雨が降ってもひどく濡れないようにと、この子がここに座り込み始めた頃すぐにエドソンがガレージの屋根に使って少し残っていたスレートを壁に立てかけてくれたものを撮ってみた。激しい雨が降ると多少跳ね返りはあるだろうけれど、この屋根のお陰でびしょ濡れになることはないと思う。ひなが生まれるまで頑張って座っていてね。

2023年11月9日(木)

先日、マナウスの砂嵐の写真と言って、エドソンが送ってくれたのが次の写真。大気汚染と砂嵐で、何が写っているのかすらよく見えない。マナウスの陣内さん大丈夫かなあ~?

「台風の代わりに温帯低気圧=直径数百キロの巨大な渦巻きも」というニュースが11月7日付けのブラジル日報にあったけれど、ブラジルの北部は雨が降らず、雨部は度重なるハリケーンや温帯低気圧の影響で水浸しという踏んだり蹴ったりの状態。この記事の中に、『台風は「暖気が集まって発達する」のに対し、「温帯低気圧」は「暖気と冷気の温度差で発達する」という違いがある。日本の場合は南の暖気で発達した台風が、北進して寒気に触れて温帯低気圧に変質する。ブラジルでは、最初から南極下ろし寒気と大西洋上の暖気が合わさって温帯低気圧として発達する。温帯低気圧が台風より弱いわけでないことは、中心が南大河州沖にある温帯低気圧の強風と豪雨が、聖州にも大打撃を与えたことで証明される。「ブラジルは台風がない」と言われてきたが、その代わりに温帯低気圧が発生する』という説明があった。

それに伴いサンパウロでも突風や雷雨でたくさんの木が倒れたり、電線が切れたりして、広域で停電が発生し、数日経過しても停電が続いている地域もあったようだけれど、一週間ほど前に、ここで激しい雨が降った際に停電になったのも、この温帯低気圧の影響だったのだなと理解した。今日付けのブラジル日報は、停電から5日経った8日朝でもサンパウロでは1万軒以上の停電が回復していないらしく、それに腹を立てた人たちが路上に障害物を置いて火をつけたりした上に、警官が銃撃されて負傷する事態まで発生したと報道している。日本では考えられないことだけれど、ここはブラジル。

2023年11月10日(金)

昨年の9月にサンパウロに運び、11月に日本に無事到着した香山文庫から早稲田大学図書館への寄贈図書に関して、その顛末を楽書倶楽部に文章して寄稿し、関係者の方々にもその文章のコピーをお送りして報告したので、このプロジェクトは私の中では一応完結していた。すると、今月初めに日伯連帯研究所 ONG Trabras 代表の加藤仁紀さんからメールが来て、早稲田大学図書館から寄贈図書受領書が送られてきたので、こちらにもその受領書を送ってきてくださった。それで、以下にコピーして掲載することにした。

Waseda Books

ちょっと話は変わるのだけれど、ブラジルの宗教はカトリックの人が大多数で、近年はプロテスタントの人が増えてきている。そして、もちろんユダヤ教の人たちもごく普通にいる。そして、もちろん中東出身の人も多いので、イスラム教徒の人たちもいる。でも、ブラジルではヒジャブやスカーフを頭に被っているイスラム教徒の女性を見たことがない。新しくやって来た韓国人移民が昔からいる日本人移民に嫌がらせをするというようなことを以前聞いたことがあるけれど、ユダヤ教徒とイスラム教徒との間のいざこざというのは聞いたことがない。そのため、イスラエルとハマスとの戦闘に関連して、アメリカやイギリスやフランスなどで起こっているような抗議活動やテロはブラジルではないから、その点ではブラジルはみな穏やかに共存しているようでいいななんて思っていた。そうしたら、木曜日の朝、エドソンが前の晩に見たニュースのことを話してくれ、何と、サンパウロにヒズボラの支部のようなものがあって、サンパウロのユダヤ人シナゴーグか何かを襲撃する計画をしていたことを警察が察知して、その容疑者を逮捕したというニュースだったのだそう。え~!サンパウロにヒズボラの支部?と驚いた。

2023年11月11日(土)

木曜日から最高気温が30度を越える暑い日々になった。予報ではこの高い気温はさらに高くなり1週間ほど続くらしい。9日木曜日は33度、10日金曜日は31度、11日土曜日は34度、12日日曜日は37度、13日月曜日は38度、14日火曜日は38度、15日水曜日は36度、16日木曜日は37度、17日金曜日は34度、18日土曜日は30度、そして19日日曜日にようやく26度に下がり、それから数日は27度から29度の間を推移する予報になっている。ここは夏でもそれほど暑くならないのが通常なので、人間の体温より高い37度や38度の気温になったことはないのだけれど、この予報の通りに気温が上がると、ここで暮らし始めて初めてとなる高温を体験することになるので、今からどのようにその暑さをしのごうかと思案している。9月下旬に暑い日々が1週間ほど続いた際は、最高気温が36度だったので、37度や38度はそれを上回る暑さということで、戦々恐々としている。そして、今日付けのブラジル日報には「強烈な熱波に注意喚起=中西部は44度越えも」という記事が出ていた。その記事のサイトはこちらへ

2023年11月12日(日)

食堂の西側の窓の下、玄関先の外階段に囲まれた箱庭のソテツに新しい葉が出てきていたので、写真を撮ってみた。昨年出た葉は茶色くなって、あまりキレイではなかったのだけれど、新しい緑の葉が広がると青々としてキレイになることだろう。

2023年11月13日(月)

家の西側のランドマークの木の後ろにある大きな葉の植物は春から夏にかけて白い花を咲かせ、秋から冬にかけて枯れて、すっかりその存在を消してしまうのだけれど、春になるとまた芽を出し、大きな葉を広げる。この春はなかなか芽を出さないなと思って見ていたら、ようやく芽を出して大きな葉を広げ始めたので写真を撮ってみた。

2023年11月14日(火)

11月11日付けのブラジル日報に、「《特別寄稿》人類は南米大陸へいつどこから来たか=北米より先にアフリカから直来説?=ミナス州ベロ・オリゾンテ市 高根富士雄」という読者からの寄稿文が掲載されていた。南米大陸に来た最初の人類はアフリカから直接来たのではないかという話が興味深かった。この記事のサイトは、こちらへ

2023年11月15日(水)

「とっさんTV」のとっさんが、「トルコ国営テレビが、2050年までに欧州の一部を含む旧オスマン帝国領の再併合についてさりげなく議論している」というあるツイートを紹介していた。
エルドアン:オスマン帝国領復活
オルバン:ハンガリー帝国領復活
プーチン:ロシア帝国領復活
キンペー:中華民族の偉大な復興
ネタニヤフ:大イスラエル主義
イスラム教:世界征服
何とまあ、みな物騒な国ばかり。そして、先日見た「飯山陽のいかりちゃんねる」で多文化共生は他文化強制と、サムネールだったかにあり、まさに日本のあっち系の人たちの言っていることは「多文化共生」ではなく「他文化強制」なので、言い得て妙と思った。

2023年11月16日(木)

暑い!暑い!暑い!とにかく暑い。先週半ばから30度を越える高温が続いているけれど、11日土曜日34度、12日日曜日36度、13日月曜日37度、14日火曜日35度、15日水曜日35度で、当初の連日37度の予報よりも少し低く推移した。そして、今日16日木曜日から18日土曜日までは連日38度の予報だったけれど、今日は35度、明日金曜日は36度の予報で、土曜日は35度、日曜日は24度と予報が変わって来ている。35度を越える日は、朝9時前にはすでに30度になるため、シャワールームの窓以外はすべての窓を閉めて、外の熱気を家の中に入れないようにするのだけれど、それでも室温は32度とか33度とかになる。月曜日の夕方の室温は34度だったため、扇風機の側にいないとやっていられない感じだった。こう気温が高いと午後5時頃でも外の気温は34~5度はあるのだけれど、窓を開け内外の空気を入れ替えて、室内の気温を何とか下げようと無駄な努力をしている。一晩中寝室の窓を開けて扇風機をかけていても、室温は28度くらいまでしか下がらず、まさに熱帯夜。ただ、湿度が低いので体感温度は実際の気温よりも少し低く感じるため、何とかなっている。次の写真は月曜日の夜、エドソンが撮った寝室でへそ天で寝ているひろ。目が開いているけれど熟睡しているので、目を開けたまま寝るのはよくないからと、エドソンはひろを優しく起こしたら、目をさまして体勢を変え少しの間寝ぼけてボーッとしていたらしい。そりゃ君も暑いよね。何せ毛皮を着ているのだから。

2023年11月17日(金)

先日の朝、何やら金属がきしむような、聞いたことのない、おかしな音がするので何だろう?と思っていたら、エドソンがあれは鳥の声だよと言う。ここで聞こえる様々な鳥の声のほとんどは、聞いていて心地良いさえずりだけれど、このアラポンガ(Araponga)という鳥の声は、ここで初めて聞くとても不思議な声だった。ほとんどと言ったのは、マリタカ(インコ)はキーキーとちょっとうるさく、トゥカーノ(オオオニハシ)はグウェッグウェッという変な声を出すので、心地良いさえずりとは言えないから。その後、エドソンがネットで探してこの鳥の写真と鳴き声の動画を送ってきてくれた。体が白くて、喉から顔にかけて緑色という見かけもとても不思議な鳥だ。

この鳥の鳴き声は、こちらへ

2023年11月18日(土)

昨日から2泊3日で、カリフォルニアから友人夫婦が来ている。ご主人は精神科医なのだけれどオンラインでたくさんの講座を持っていて、世界中に受講生がいるらしい。ブラジルの受講生(?)がセミナーか何かを主催するので彼に講演を依頼し招待したらしく、この機会にブラジル観光と私との旧交を温めようとはるばるやって来てくれた。約20年くらい前、東京で暮らしていた頃、やはり東京のどこかの大学で講演のためやって来た際、10代の子供たちも同伴だったので、彼らの東京観光に付き合ったのだけれど、それ以来の再会なので、お互いに年をとっているけれど、みんな元気で何よりと思った。サンパウロまで迎えに行くことはできないけれど、サン・ホケにある大きなショッピングセンターまで来てくれたら、そこまで迎えに行くということで、朝早くから出かけて行ったのだけれど、もうすぐ到着という距離で事故があったらしくちょっと離れた場所から煙がモクモク。30分あまり車が動かず、結局早目に家を出たのに、2時間以上かかって約束の時間に数分遅れた。でも、彼らもサンパウロから出るのに予想以上に時間がかかり、さらに遅れて到着したので、まあ、良かった。そして、そこからは積もる話でずっとおしゃべりが止まらない状態で、帰宅途中でお昼を食べて、家に到着してから彼らを離れに案内して、インターネットのWIFIに彼らのコンピュータをつなげるなどして、エドソンは2時からオンラインミーティング、ご主人は4時からのオンラインの講座に備えて準備、友人も少し横になったり、仕事のメールを書いたりと、それぞれに仕事をし、その間私は夕飯の準備をすることができた。暑いのでそんなに食欲もないだろうから、軽く手巻きご飯にしたのだけれど、喜んでもらえてうれしかった。そんなこんなで写真を撮ることをすっかり忘れていて、食事とココナツアイスクリームのデザートを終えて、お土産をもらってようやく写真を撮るのを忘れていることに気づき撮ったのが次の写真。みんなハッピーだけれど疲れた顔をしている。

2023年11月19日(日)

次の写真は、土曜日の朝、朝食の前に友人のキャロラインが彼女の著書「The Gift of Presence A Mindfulness Guide for Women」にメッセージとサインをしてプレゼントしてくれたので、私も「折り鶴の子どもたち」を英語に翻訳して出版した「Children of the Paper Crane」にメッセージとサインをしてプレゼントした。その際にこれはいい写真だと言って、ご主人のダンが撮ってくれたもの。2枚目はエドソンも入ってと言われて、エドソンも入った写真。

2023年11月20日(月)

土曜日は朝食の後、キャロラインとダンをパーディーニョ観光に連れて行った。高速道路からパーディーニョに上がって来る途中にあるカフェ・クエスタに寄ってみたいというので、まずカフェ・クエスタに行き、そこからの景色を眺め、エドソンは彼らに食べさせたいと言って、以前私の英語の生徒さんだったムリロが働くファゼンダで作っているチーズを2種類買った。そして、次の写真は、パーディーニョの町に向かう途中で、この辺り独特の景色を写真に撮っているキャロラインを撮ったもの。

次の写真は、パーディーニョ唯一のそして一番の観光スポットである「眠れる巨人」と名づけられた山が見える場所にある景色の説明板の前で話しているエドソンとエドソンの陰になって見えないけれどダンを撮ったもの。

次の写真は、パーディーニョの町にあるマックス・フェファー文化センターに行って、そこの受付で働く若い女性に撮ってもらったもの。パーディーニョはムジカ・ハイースと呼ばれるブラジル叛カントリーミュージック発祥の地だからなのか、巨大なギターがあったので、そこで記念写真を撮った。

マックス・フェファー文化センターを見学した後、その筋向かいにある私たちがいつも利用している小さなスーパーを覗いてみたいとキャロラインが言うので覗いた後、隣町ボトゥカトゥにあるガーデンレストランに行きお昼を食べた。次の写真は、そのガーデンレストランで食事を注文して、お料理が運ばれて来るのを待っている時に撮った私たちのテーブル。ここは私たちがいつもお世話になっているペットホテル兼クリニックであるヴィラ・シーコの近くにあるレストラン。ここにいくつかレストランがあるのは知っていたけれど、これまで来てみたことがなかったのだけれど、エドソンが行ってみようというので、ネットでお料理などを調べて行ってみることにした。お肉料理だけでなく、お魚料理もあり、ヴェジタリアン向けのお料理などいろいろあり、なかなかいいレストランだった。お料理もおいしかったので、ここに行ったのは大正解だった。

2023年11月21日(火)

土曜日にボトゥカトゥのガーデンレストランでお昼を食べた後、2時前くらいに帰宅し、午後はそれぞれ自由にゆっくり過ごした。ひろやめいにお昼ご飯をあげないといけないので、1日家を空けることはできないし、とにかく暑いので休み休みじゃないと体調を崩す危険もあり、夕食は7時からということで解散。私も夕食の下準備をした後1時間余り横になった。眠ることはできなかったけれど、横になっただけでも少し元気を回復した。そして夕食では、エドソンがカフェ・クエスタで買った2種類のチーズを切って食べてもらった。ブルーチーズの方は味が強すぎるからあまり趣味ではないとダンは一口食べただけだったけれど、もう1種類のブリーに似た中が柔らかいチーズはとてもおいしいと言って気に入って食べてくれた。夕食のメニューは一口大に切った鳥もも肉に塩こしょうしてフライパンでにんにくと一緒に焼いたものを、ざっくり切っておいたトマトと、さっと茹でておいたキャベツに混ぜて、私がいつも作るフレンチドレッシングで和えてさっぱり味のお料理にした。暑いのであまり重くなく、さっぱりしたものの方が食べやすいだろうと思ったから。アメリカ人の常というか、欧米の人は、食べることができるもの、できないものが結構はっきりしているので、注意して献立を考えなければならないのだけれど、これはとても好評だった。前日の手巻きご飯と一緒に溶き玉子のお味噌汁も出そうと思っていて忘れたので、この日は温め直して飲みたいといったキャロラインと私だけがお味噌汁を飲んだ。

次の写真は、マシシという名前の野菜。以前うちの敷地内にこのマシシが育っていた時があったのだけれど、見かけなくなって何年も経つ。そうしたらこの土曜日に手伝いのパラナが見つけて持ってきてくれた。見た感じそんな風にはみえないけれど、このマシシはきゅうりの親戚で、ずっと以前、お隣のお手伝いさんだったドナ・クレウザが、この皮をむいて、スライスしたものを炒めたお料理を作ってくれたことがあり、見た感じはきゅうりをスライスして炒めたという感じだったのを思い出す。

2023年11月22日(水)

次の写真は、キャロラインがお土産に持って来てくれた品々。お財布、ブローチ、エコバッグ、雨の中でも使えるメモ帳、シリコンでできた瓶のふたを開けるためのもの、定期入れのようなもの。彼らがこちらに来ることが確定してから、エドソンは仕事で使う衛星通信の信号受信のための小さな装置を買ってきてもらいたいと言うので、ネット上で購入できるサイトをメールで送ってお願いしたら、ちゃんと買ってきてくれた。ネットで買えるのだから自分で買えばいいようなものなのだけれど、この製品はアメリカからの輸入になるので、それがブラジルで通関を通る際、100%の関税を払わなければならず、いろいろ手続きが面倒くさいのでお願いした。そして、これを購入するために負担してもらった代金を払い戻そうとしたら、それもお土産と言って、お金を受け取ってもらえなかった。申し訳ない。感謝です。

彼らは木曜日の午前中サンパウロ国際空港に到着したのだけれど、その足でこちらに来るのは、アメリカを出てからの移動が長距離すぎて疲れるだろうから、その日はサンパウロに一泊してもらった。午後サンパウロ中心部のホテル近くを散策したようで、大丸デパートがあったから立ち寄って、少し買い物をしたそうで、そこで買った日本酒やパネトーネや柿の種など様々なスナック菓子をたくさん、これもお土産と言ってくれたものが次の写真。サンパウロに「大丸デパート」があるの?知らなかったと思ったら、大丸ではなく、「だるま」という名前のお店だとわかり、聞き間違いだったことが判明。荷物になるのにこんなにいろいろ持ってきてくれて申し訳ない。その気持ちがうれしかった。

2023年11月23日(木)

月曜日の朝一番でダンちゃんたちにエサを与えた際は気づかなかったのだけれど、朝食が終わって、台所の片付けを済ませて、鶏たちにあげる野菜くずと、鳥たちにはあげられない卵の殻やその他のゴミを畑に穴を掘って埋めるために野菜畑に行くと、鶏小屋でガーニゼの卵2つを抱いていた茶色の鶏が畑の中の桑の木の足元に座り込んでいて、側にひなが1羽いたので、あれっ?ひなが生まれたの?とびっくりした。畑で用事を済ませた後、家にカメラを取りに戻って、写真を撮ろうと畑に戻ると、ひながいない。鶏のお腹の下にいるのだろうなと思って近づくと、鶏が立ち上がって、ひなが2羽いるのが見えたので撮ったのが2枚目の写真。ダンちゃんたちが集まって来たのでとうもろこしをまいてあげると、この鶏ママもひなの側を離れて、とうもろこしを食べに行ったので、ひな2羽だけが桑の木の足元に取り残される形になり、2羽だけの写真を撮ることができた。1羽は薄黄色で、もう1羽は薄茶色っぽい異なる色をしている。ガーニゼが5つ卵を生んだ際、まだ卵を温め始めていなかったので、そのうちの2つの卵を鶏小屋の箱の中で座り込みを始めた鶏に抱かせたらひながかえるかな?と思い、やってみたら、何とちゃんとひなをかえしてくれたのですごいことだと思った。

2023年11月24日(金)

昨日、鶏が抱いていた2つのガーニゼの卵からひなが生まれたと書いたけれど、同じ月曜日のお昼前、エドソンが食堂の前の箱庭で黄色いガーニゼが抱いていた3つの卵から3羽のひなが生まれていると言うので、何とこの黄色いガーニゼが生んだ5つの卵がみな同時にかえったとわかり、これまたびっくり。エドソンが黄色いガーニゼママと3羽のひなをガーニゼの小屋に移すから手伝ってというので、まず、エドソンがガーニゼママを抱き上げ、私が3羽のひなをプラスチックの容器に1羽ずつ捕まえて入れて、小屋に移動させた。次の写真は、プラスチックケースの中に捕獲したその3羽のひな。1羽は黄色で、2羽が薄茶色の羽の色をしている。この子たちを小屋に入れた後、鶏がかえしたひなも小屋に入れようということになり、ひなを確保しようと近づくと、この子たちをかえした鶏が母性本能を発揮して、この子たちを守ろうと、私たちに向かってくるので、少しずつ、ゆっくり、優しく、近づいてひなを確保して、小屋に入れることができた。

小屋の中に入れた黄色いガーニゼママのことを、すでにこの中で卵をかえしてひなを育てている2羽のメスのうちの1羽が迷惑がって、黄色いガーニゼをつっついたりして、喧嘩のようになっていた。でもしばらくすると喧嘩のような声が聞こえなくなり、エドソンが見に行くと、小屋に入れた5羽のひなのうち1羽がどこからどうやって出たのか、外に出ていて、鶏ママと一緒にくっついていたそうで、じゃあ、その子はそのまま外で鶏ママに育ててもらおう。その方が鶏ママの精神衛生上もいいだろうということになり、そのまま1羽のひなは外で暮らしてもらうことにした。みんなを小屋に移動させたのは、ひながまだあまりにも小さいので、彼らの安全のためと、畑から遠いところにいると食べる物や水に困るかもしれないという心配から。どうか5羽とも元気に育ちますように。この子たちよりも数週間前に生まれていたひなはもうまん丸いひなではなく、だいぶガーニゼの体型に成長してきている。翌、火曜日も小屋の中は穏やかだったのだけれど、鶏ママがかえしたもう1羽のひなも外に出てしまって、鶏ママに合流していたので、この子もそのまま鶏ママに育ててもらうことにした。この2羽のひなたちは鶏が生んだ子ではないのに、ひなたちは鶏をママと思い、鶏ママもこの子たちのことを自分の子どもだと思っていることに、何とも言えない不思議な、でも、とても暖かい気持ちになった。

2023年11月25日(土)

11月22日付けのブラジル日報に、「在住者レポート アルゼンチンは今=いちかばちかの勝負に出た国民=のるかそるかのアルゼンチン 相川知子」という記事が掲載されていた。「カナダ人ニュース」さんの動画で、1913年にアルゼンチンは世界第10位の経済大国だったけれど、1998年には第36位まで転落したと言っていた。以来ずっと経済状態が悪い。それでも南米ではブラジルの次に大きな経済を誇ってはいる。そして、さらにノーベル経済学賞を受賞した人の言葉を紹介して、「世界には4つの種類の国がある。先進国、途上国、アルゼンチン、日本だ」と言っていた。アルゼンチンは先進国から途上国に転落し、日本は敗戦の焼け跡から短期間に高度経済成長をしたということで、この2つの国を特筆しているのだそう。アルゼンチンからの記事のサイトは、こちらへ

2023年11月26日(日)

次の写真は、キャロラインが送ってきてくれたイグアスの滝で撮った写真。私たちが何年も前に行った時よりも水量がとても多い。彼らがブラジルに来ることになり、当初はアマゾンに行くことを考えていたのだけれど、アマゾンは今干ばつで干上がっている川もあり、砂嵐などによる大気汚染がひどいから止めた方が良い。それよりもイグアスの滝に行ったら?と勧めて、計画を変更したので、そのすぐ後に、イグアスの滝の水量が例年の10倍で、遊歩道が一部閉鎖になっているというニュースを聞いて心配していた。でもイグアスの滝の雄大さをちゃんと見ることができて、大満足だったと連絡をもらい、良かったと思った。

2023年11月28日(月)

次の写真も、昨日の続きのイグアスの滝の写真。

2023年11月28日(火)

キャロラインたちがここに来ていた先々週の土曜日の夜、激しい雨が降ったのだけれど、家の中にいる限りそんなにひどい暴風とは感じなかった。そうしたら日曜日の朝食の時、ダンが昨日の雨はすごかったね。特に、窓から見ていたら吹きつける風がすごかったと言っていて、へえ~、そうだったんだと思った。そして、早朝の朝食後に次の目的地に向かう彼らをカタリナアウトレットまで送って行くために、入り口ゲートまで来ると、入り口ゲートの東側の桜の木が根元から倒れていて、ええっ~!桜の木を倒すほどの強風が吹いたの?と、もう、びっくり!!!暴風が吹いた後、グアンドゥ豆の木やノイヴィーニャの木が折れていたりすることは時々あるけれど、こんな大きな木が根元から倒されたというのは、ここに来てこれが2度目のこと。1度目はまだここで暮らし始めたばかりの頃、森の北側の手前の大きな竹の株が、やはり根元からひっくり返っていたことがあった。でも、その竹は根の一部がまだ土の中だったようで、枯れることなくどんどん成長し、今では大きな竹林になっている。この桜は枯れるのかなあ~?数日後に町まで買い物に出たエドソンの話だと、町まで行く途中にある、ファゼンダホテルの大きな看板やら、ジミーの工場の看板やらがひっくり返っていたそうで、竜巻みたいな突風が北西から南東に向かって通り抜けたんじゃないかということだった。家に居てひどい暴風を感じなかったのは、たぶん家の北側にある防風林のお陰だったんだろうと、エドソンは言っていた。

2023年11月29日(水)

お隣のコーヒー農場との間の柵の側から2本目のバナナの木に花が咲いているよと、エドソンが教えてくれたので、写真を撮ってみた。本当だ。右から2本目の木に花が咲いている。うちのバナナが花を咲かせて実をつけるのは、まだまだ先のことだろうと思っていたので、うれしい驚きだった。1枚目の写真は、その花をアップで撮ったもの。2枚目の写真は、少し離れて撮ったもの。ここには4~5本のバナナを植えていると思っていたのだけれど、ちゃんと数えてみたら、以前、家の南側の三角地帯から移植したまだ小さいものも含めて10本もあった。

2023年11月30日(木)

次の写真は、昨日掲載した花が咲いたバナナの木とは違う別の木。これにも花が咲いてバナナの実がなっている。バナナを植えた列の一番家に近い側の木なのだけれど、エドソンはこの木に花が咲いて実がなり始めていることには気づかなかったようだ。この木にも花が咲いて実がなり始めているよと言って、写真を見せると、ああ本当だ。気づかなかったと言っていた。

キャロラインたちがイグアスの滝に向かって移動してから、それまで毎日異常に高かった気温が下がり、最高気温も高くて26度止まりで、20度を下回る日もあるという日々になった。それで夜も気持ち良く眠れるようになった。そのお陰で溜まっていた疲れがようやく取れ、生き返る感じで、やれやれと一息ついている。今日は最高気温が30度になり、その後31度、33度、34度と、また数日気温が上がる予報だけれど、今月前半の高温に比べたら何ということはないし、数日後にはまた気温が下がる予報なので、それぐらいは何とかしのげると思っている。



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