Kyoko Yoshida | Life in Brazil | BLOG |
2022年6月1日(水) | ||||
次の写真は、日曜日の朝食後に私の膝の上にいるひろをエドソンが撮ったもの。朝食を食べ終わっても私たちが食卓でおしゃべりを続けていると、「僕のご飯まだですか~?」と、ひろがぐずり出したので、膝の上に抱き上げ落ち着いたところ。抱き上げるとしばらくおとなしくしていてくれる。それで最近、おとなしくしていてほしい時は、こんな風に膝の上に抱き上げるようになった。はるがいた頃は、ひろだけを膝の上に抱き上げるということはなかったし、彼自身特に膝の上に上がりたいという感じではなかったのだけれど、今は一身に私たちの愛情と注目を独占している。
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2022年6月2日(木) | ||||
広島の友人から、「先日ラジオ体操の朝友から毎朝5時の散歩中に野イチゴがいっぱいある場所を見つけたという情報を得て、それを求めて鈴峯のふもとを散策したら、途中で色んな季節の野花や木を見つけた」とメールをもらった。「白くて小さい卯の花、黄色が鮮やかなエニシダ(私はレンギョウと思い込んでいました)の群生している所、すいかずら・・その他色々教えてもらいましたが、聞き覚えのある名前と姿を覚えるのがやっとでした。その道の行き止まりまで行きましたが残念ながら野イチゴは見つかりませんでした」とあった。それらの花の名前は私も聞いたことがあるけれど、どれがどんな花なのかまったくわからない。ネットでこれらの花の写真を見てみると、ボストンで暮らしていた頃、冬の雪がようやく溶けてなくなった早春の頃、一番最初に咲いていた黄色い花は、レンギョウだったのかなと思った。それにしても、ちょっと裏山に足を踏み入れれば、こんな自然の花に溢れている豊かな環境があるなんていいなと思った。散策した際、野イチゴを見つけることはできなかったけれど、翌日その朝友さんからもらったと言う野イチゴの写真を2枚送ってきてくれた。まるでルビーのようだとあったけれど、これってうちで採れるワイルドベリーだと、写真を見て思った。野イチゴという名前は知っていても、それがどんな形をしているものなのか知らなかったので、ここのワイルドベリーが野イチゴだったのかとびっくり。
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![]() 次の写真は、その散策の途中で撮った卯の花だそう。これもまた聞いたことはあるけれど、どんな木なのか、花なのか知らなかった。Wikipediaには『卯の花はウツギの花の別称で、日本では、主に5~6月に開花します。旧暦の4月の異称「卯月」はこの卯の花が由来で、「卯の花が咲く月」であることから名づけられました』とあった。
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2022年6月3日(金) | ||||
今日も広島の友人からのメールの続き。『ラジオ体操を終えて朝友とさよならしたと思ったら、その朝友が急いで公園の入り口に引き返して来て、鈴峯のほうを見上げながら「ほら、聞こえる?ほととぎすの鳴き声」』『もうみんな帰った後だったので耳を澄ませてシーンとする中、鈴峯の奥のほうから一羽の小鳥の鳴き声がかすかに聞こえてきました「ホッ ホッ ホッ・・」』『「あなたの方が山に近いから良く聞こえるのではない?」と言われ、確かに、裏の部屋から朝、同じ鳴き声は聞こえていたような気がしますが、私はそれはウグイスの声で、歌うのが下手なウグイスの‘鳴き損ね’だと思っていました。‘ほととぎす‘という名はむかしむかし国語か古文の教科書に書いてあったような気がします。身近に本物がいたとは感動ものでした』と書いていた。私もほととぎすがどんな姿の鳥で、鳴き声がどんな鳴き声だか知らなかったので、ネットで調べてみたのだけれど、こういう鳴き声は昔聞いたことがあるようなないような。ほととぎすの姿と鳴き声はこちらへ。
友人は、6月になると思い出す「夏は来ぬ」という歌の中に卯の花もほととぎすもいたことに思い至り、ほととぎすの姿も鳴き声も知らなかったけれど、とても身近になったと書いていた。彼女のメールを読みながら、つられてこの「夏は来ぬ」という歌を口ずさみ、日本語の自然や言語空間って何て豊かなんだろうかと、思った。 次の写真は、友人の暮らすマンションの入り口で花を咲かせている楠木。楠木というのは宮島の大鳥居に使われている木なので、大木という印象が強いのだけれど、何だか可憐な花を咲かせるんだなと、この写真を見て思った。
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2022年6月4日(土) | ||||
先月のいつだったか、エドソンが牛乳とコーンケーキのもとを買ってきて、今度これでコーンケーキを作ってと言っていたのだけれど、はるのこともあってそれどころではなく、作るのが延び延びになっていた。それで先日、ようやく作ってみることにした。次の写真は、そのコーンケーキのパッケージ。Bolo Milhoとあるボロはケーキのこと。ミーリョはとうもろこしのこと。Cremoso(クレモーゾ)というのは、クリーミーという意味。以前うちで何度か作ったことのあるコーンケーキとは少し違って、クリーミーなコーンケーキができあがった。フレッシュなとうもろこしの味がして、甘過ぎず、しっとりとしたケーキだったので、とてもおいしかった。2枚目の写真は、出来上がったそのコーンケーキ。
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2022年6月5日(日) | ||||
先日エドソンの希望で朝食にフレンチトーストを作った際、メープルシロップが底をつき始めていることに気づいて、エドソンがネットショップのメルカド・リブレでメープルシロップを注文してくれたのだけれど、それと同時にナッツなど彼がほしいものもいろいろ注文したらしく、その荷物がドサッと届いた。とにかくメルカド・リブレでのお買い物は、注文から1日か2日で、自宅まで届けてくれるのが何ともありがたい。次の写真は、その届いた品々。真ん中の2本がいつも買っているメープルシロップ。本物のカナダ産のメープルシロップなので、1本100レアル以上もする高価な貴重品。そして、時計回りに、ナッツのアソート500グラム、重曹1キロ、キヌア1キロを2袋、かぼちゃの種500グラム、とうもろこしのスナック1キロ。ナッツやかぼちゃの種やとうもろこしはおやつやおつまみ用で、キヌアはお米に混ぜて炊いて食べてみようと思っている。重曹はうちの水をろ過器でろ過する際に少し入れて、水質を弱アルカリにするために必要なものだし、台所の流しや洗面所の排水の流れが悪くなったら、重曹を使って流れを良くしたりするのに使うので、安いまとめ買いはとても助かる。
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2022年6月6日(月) | ||||
先々週から作り始めてもらった新しい鶏小屋が、この土曜日に屋根と扉が取り付けられて完成した。小屋の中も竹を水平に通して鶏が寝るためのとまり木も作られ、扉の奥には卵を生むための場所も作られていた。餌箱がないので何か適当なものを見繕うか、作らないといけないけれど、これで鶏を迎えることができる。この鶏小屋の材料は、金網と扉の鍵はこのためにあらたに買ったものだけれど、屋根に置いた瓦も床のレンガも壁の竹も小屋の枠組みの木材もすべてうちにあるもので作られたので、これを作ってくれた手伝いの人の労賃以外にお金がほとんどかかっていない。
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2022年6月7日(火) | ||||
5月の中頃から玄関を出た正面の西側の庭のマナカが花を咲かせ始めた。マナカの木の右後ろの背の低い緑はくちなしの花の木。この花は11月に咲く。その後ろのほぼ裸の木は桜。7月から8月にかけて咲くので、まだ準備中。2枚目の写真は、マナカの花を少しアップで撮ったもの。つぼみもたくさんあるので、これからもっとたくさん花が咲き、きれいになるんだろうと思う。現在ノイヴィーニャも満開でいい香りを漂わせている。この時期は白いハイビスカス、ノイヴィーニャ、マナカが咲いてとてもきれいなのだけれど、今年は白いハイビスカスがいつもの元気がなくきれいな賑わいに参加できていない。
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2022年6月8日(水) | ||||
先日、ナッツのアソートやメイプルシロップをネットで買ったとブログに書いたけれど、今度はココナツパウダー、ココアパウダー、アーモンドパウダー、チアシードなどをエドソンは追加で買った。今年はうちでアボカドがたくさん採れるので、エドソンの提案で、アボカドにココナツパウダーに加え、レモンの絞り汁、水、砂糖も混ぜてミキサーにかけてスムージーのようなものを作ってみた。私が毎日飲んでいる、と言うか、食べているシニア用の栄養補助サプリメントの粉や、エドソンが食べているホエイ・プロテインに混ぜているヨーグルトドリンクの代わりに、このアボカドのスムージーを混ぜて食べてみると、アボカド味のヨーグルトを混ぜたような感じで、なかなかおいしかった。次の写真は、ミキサーで作った後、ペットボトルに入れたアボカドとココナツのスムージー。見た感じ、あまりおいしそうな色に見えないかもしれないけれど、おいしかった。エドソンは我が家で採れたもので作ったものを必要以上に褒め称えるという「ひいきのひきだおし」傾向にあるので、ヨーグルトドリンクよりもおいしいなどと言っていた。
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2022年6月9日(木) | ||||
金曜日にエドソンがボトゥカトゥに行ったついでに、スーパー・コンフィアンサで魚や野菜や果物を買ってきてくれた。それで買ってきてくれたエビを使ってこの月曜日の夕飯にピラフを作った。玄米、玉ねぎ、人参、コーン、鶏胸肉、エビで作ったのだけれど、食べ始めてから、しまったキヌアも混ぜれば良かったと気づいた。このところご飯を炊く際は必ずキヌアを入れていたのに、ピラフにキヌアを混ぜることはまったく頭から抜け落ちていた。ちなみにキヌアをご飯と一緒に混ぜて炊いても、特段変わった味にはならず、問題なく食べることができている。このピラフの付け合わせのお惣菜はほうれん草のおひたしと、きゅうりを中華風に漬けたものと、ラディッシュの酢の物。きゅうりは普通塩をふって水分を出すけれど、これは砂糖を混ぜて水分を出すようになっていたので、あまり甘くなると嫌だなと思い、水抜きした後、さっと水洗いしたのだけれど、それでも甘味が残っていたので、エドソンは気に入らないかもしれないと心配していたら、さにあらず、おいしいと言ってパクパク食べてくれた。
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2022年6月10日(金) | ||||
次の写真は、左側の一個は普通のふじりんごで、右側はスーパーでよく見かける小さなりんごが1ダースくらいビニールの袋に入って、比較的安い値段で販売されているりんご。何という種類のりんごか知らないけれど、ふじりんごではない(と、思う)。ビニールの絵は、ブラジルで人気のモニカというマンガの絵。このマンガの絵はりんごの袋だけでなく、ブロッコリーやカリフラワーのパッケージにも使われていたりするのをよく見かける。確かこのマンガの作者さんの名前はマウリシオ・デ・ソウザさんだったかな?ネットで検索したら写真があったので、ここに掲載してみる。
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2022年6月11日(土) | ||||
先日、ひろとの朝一番のお散歩に出ると、ハイビスカスの枝に黒っぽいような、茶色っぽいような塊が見えたので、マリンボンドがこんなところに巣を作ったのかな?と思い、恐る恐る近づいてみると、ゲゲゲ・・・何とコウモリだった。昼食後のお散歩の際も、まだ同じ場所にいたので、お散歩の後でカメラを持って行って写真を撮ってみた。1枚目の写真は、最初に気づいた辺りから撮ったもの。2枚目は、近づいて撮ったもの。白い歯が見えて、目はつむっているけれど、これが目だとわかる。まさにコウモリの顔だ。3枚目はぐるっと反対側に回って、後ろから撮ったもの。少し風が吹いていて、枝がゆらゆら揺れていたので、ちょっとピンボケになってしまった。夕方コウモリが集団で飛んでいるのは広島だったかどこだったかで見た憶えがあるけれど、こんなに近くでこんな風に寝ているコウモリを見たのは生まれて初めてのことだった。コウモリってどうしてこんな風に逆さまになって頭を下にして寝るんだろう?頭に血がのぼらないのかなあ~?すると翌日も翌々日も同じ場所にいたので、エドソンはこのコウモリはきっと死んでいるんだろうと言っていた。死んでるのに枝から落ちないのは何故?
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2022年6月12日(日) | ||||
手伝いのパラナたちが何日もかけて、家の南側の三角地帯をきれいにしてくれたため、台所の流しの前からの景色が変わり、とてもすっきりした。ここにあったオレンジやレモンの木はほとんどが古くなったり、ここにできた大きな葉切りアリの巣の影響でダメになってしまったため、葉切りアリの巣を退治した後、ダメになってしまった木を取り除いたことが大きく影響しているのだろうと思う。パラナはここに畑を作りましょうと言っているらしいけれど、大きな木に囲まれていて日当たりがあまり良くないのにできるのかなと、ちょっと半信半疑。そして、建築資材のお店から買った砂利と砂がまだたくさん余っているので、その砂をガレージに向かうコンクリートの道の間に敷いてくれたことも、景色がすっきりしたことに影響している。
次の写真は、離れから入り口ゲートに向かう道。ここにも砂を敷いてくれたので、すっきりきれいになった。この道沿いに見える緑は、ここに移植して育っている芝生。画面右側の車が通る道沿いに、ノイヴィーニャの並木に白い花が満開なのが見える。お散歩でこの道を歩くととてもいい香りが漂っていて気持ちがいい。
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2022年6月13日(月) | ||||
2年くらい前だったか、丘の下の方にノイヴィーニャの苗木を10数本移植した。しばらくは今にも枯れそうな感じで弱々しく、実際1~2本枯れてしまったけれど、ほとんどは徐々に新しい葉を出し、大きくなってきて、花を少し咲かせるものも出てきていた。それが今年はみながしっかり大きくなり花を咲かせたので、とてもうれしい。1枚目の写真は丘の下から右側が見えるように撮ったもの。画面真ん中の木だけは背が高くならず、何だかお椀をひっくり返したような形をしているので不思議でならない。2枚目は左側を撮ったもの。時々強風のせいで枝が折れて、小さくなりながらも枯れないでいる木もある。側に見える大小の緑の木は、グアンドゥー豆の木。
次の写真は、上の写真を撮った辺りから入り口ゲートに向けて道沿いに植えられたノイヴィーニャを撮ったもの。1メートル置きくらいに1本、また1本と、ひょろひょろとしたノイヴィーニャが植えられている。手伝いのパラナが植えてくれたらしい。パラナはエドソンがいちいち細かく何をしてと言わなくても、ここをこのようにしましょうとか、自発的にいろいろ考えて提案して作業をしてくれるので、とても助かっている。
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2022年6月14日(火) | ||||
去年のいつ頃だったか、うちの丘の上から東の方角にレストランらしい建物が建設中だと写真を掲載したことがあったけれど、どうもこれは今年3月に食事に行ったヴァランダというレストランじゃないかということで、今回またカメラを通して見てみたら、やはりそうだった。この写真で見えるガラス張りの面が建物の正面。残念ながらここで提供されるお料理が私たちの好みではなかったので、再訪はないと思うけれど、観光客向けにお店が増えることはパーディーニョにとっては良いことだとは思う。
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2022年6月15日(水) | ||||
次の写真は、防風林の並木の一番上辺りにあるモビとはるのお墓。右側のモビのお墓には何度も石を置いているのだけれど、徐々に地盤が下がって行き、強い雨が降ると土が流れ込んで石が埋まってしまうので、またさらに石を置くのを繰り返している。でも、しばらくすると、やはり枯葉や土で埋まってしまう。それで目印に大きな石を墓石のように頭の部分に置いている。そして、左側がはるのお墓。新しいのでまだ土が盛り上がった状態。ここにも石を置こうと思っているのだけれど、モビのお墓に使ったような石はもうあまり残っていないので、大きめの石を見つけると、それを拾ってきては置いている。お散歩でこの前を毎日通る度に、「モビちゃん、はるちゃん、元気ですか~?」と声をかけている。するとエドソンが必ず「ジュジュ・・・」と切ない声を出す。ジュジュと言うのはエドソンがつけたはるのセカンドネームというかニックネーム。何だか掛け合い漫才のようになっている。今年は例年よりも早く、すでにうちの桜の何本かは花が咲き始めているのだけれど、モビとはるのお墓の側にもたくさんの桜があるので、これからきれいに咲くだろうから待っててね。
次の写真は、2回目に作ったきゅうりの中華風お惣菜。これは塩ではなく砂糖できゅうりの水分を出すため、ちょっと甘味があって、エドソンは気に入らないかなと思ったのだけれど、予想に反して「おいしい」と好評だったので、気を良くして、また作り写真を撮ってみた。醤油と酢と、ラー油がないので、その代わりにごま油を混ぜて作ったもの。ごまはすりごまにした方がいいのだけれど、面倒だったのでずぼら全開で省略して、そのままのごまを混ぜた。
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2022年6月16日(木) | ||||
いつも季節の花などの写真を送ってきてくれる広島の友人が、ラジオ体操の朝友さんが鈴峯で見つけた野いちごで『野いちごオブジェ』を作って、ラジオ体操の公園の木に飾ってくれるサプライズがあったと、その写真を送ってきてくれた。まあ何と風流な、と言うか、採ってきて食べるだけでなく、こんなものまで作って皆さんとシェアするなんて素敵だなと思った。
![]() そしてさらに友人は、私のブログで桑の実を収穫しているのを見て毎年羨ましく思っていたけれど、ついにその夢の桑の実をゲットしたと言って、次の写真を送ってきてくれた。彼女の朝友さんが実をたくさんつけている大きな桑の木がある友人宅で、分けてもらったものだそう。ジャムも一緒に写っているので、ジャムももらったのかな?実をそのまま食べてもあまり甘くなく、おいしい感じでもないけれど、ジャムにするとおいしいよね。
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2022年6月17日(金) | ||||
昨日に続き、また広島の友人からのメールの話。やはり朝友さんに誘われて、廿日市の極楽寺山の野鳥の声を聞く会というのに参加したそうで、その際参加者に配られたという「極楽寺探鳥会で見られる鳥」の絵の写真を送ってきてくれた。へえ~、いろんな鳥がいるんですね~。説明人に従って登山道に分け入り、小鳥の声が良く聞こえる場所で止まって耳を澄ませ、説明人が、「あっちでオオルリ、こっちでキビタキ、あそこにクロツグミが、ほら、鳴いた」とか説明すると、みなが双眼鏡をその方角に向け、枝にとまる小鳥を探したり飛ぶ姿を追いかけたりしたのだそう。約2時間の探鳥会だったのだけれど、彼女にはどの鳥を見ても黒にしか見えないし鳴き声の違いもわからなかったと言っていた。聞きなれないと区別がつきにくいのかもね。でも、チャンスがあったらまた参加したいと言っていた。広島にはいろいろな会があっていいなあ~。
![]() 次の写真は、友人が毎朝ラジオ体操をする公園で撮った『どんぐりの花』だそう。今どんぐりの花が満開だそうで、公園とか鈴峯のあちこちで見かけると言っていた。うちにもどんぐりができるクヌギの木があるけれど、花は見たことがないような・・・?ただ気がついていないだけなんだろうか?「散歩の時もラジオ体操の時も香りがそこらじゅうに漂っていて、朝友は良い香りだと言うのですが、私には車のタイヤのゴムの匂いがします。楠木の花が満開だったときはそこら中がフローラルの香りでいい気分になっていましたが、どんぐりの花はそうはいかないのが残念」だそう。
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2022年6月18日(土) | ||||
広島の別の友人が、「気分転換で宮島に行ったら、ちょうど干潮真っ只中でした。貝ほりしてる人達がちらほらいたので、私も試しに落ちていた牡蠣の殻で掘ってみたら、いくつか小さいアサリがいました。2~3ミリや大きくて1センチぐらいなのに、色や模様がとても美しかったので、写真を撮って砂に戻しておきました」と、その際撮った干潮時の厳島神社や、貝の写真を送ってきてくれた。厳島神社はいつ見ても美しい。
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![]() 次の写真は、いまだに改修工事中の大鳥居。何だかマンションの建設現場のようだと思った。「コロナのちょっと前から始まった大鳥居の大修理は今年12月にやっと終わるらしいです」とあった。ということは3年くらいかけた大修理ということになる。完了後は朱色も鮮やかに蘇るのかな?
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2022年6月19日(日) | ||||
宮島の写真を送って来てくれた友人が、今度は縮景園で行われた田植え祭りの写真を送ってきてくれた。縮景園で何か行われている音がするので、すぐに行ってみたと最初のメールにあったので、お宅は直線距離では縮景園のすぐ近くだけれど、音を聞いて出かけてお祭りを見ることができるなんて、すごい近さですねとメールしたら、「うちの前は猿猴川で、川を隔てて向かい側が縮景園なので、泳げば50メートル足らずだと思いますが、そう言うわけにもいかず、橋もないので、徒歩でぐるりとまわって7~8分ぐらいかと思います。見たのは2度目のパフォーマンスで、1回目は太鼓橋ではなくて、たぶんたんぼ(一応小さなたんぼがあります)の近くだったと思います。田んぼは橋よりもずっとうちにちかいですので、衣装を着てる人達も見えて、お囃子も凄く聞こえたのだと思います」ああ、なるほど1回きりのパフォーマンスではなかったから見ることができたんですね。私も昔、何度も縮景園に行ったことはあるけれど、イベントのようなものには一度も出くわしたことはなく、ただ穏やかできれいなお庭という意識しかなかった。でも、この友人からさまざまなイベントが行われていることを聞くにつけ、なかなかいい庭園だなと再認識している。友人も、「縮景園は近いので、以前は灯台もと暗しだったんですが、最近は中々含蓄ある大名庭園だと認識を新たにしてます」と言っていた。
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2022年6月20日(月) | ||||
以前から香山文庫の書籍のホコリや汚れを払って、書棚の掃除をしたいと思っていたのだけれど、私ひとりでするのは大変なので、エドソンが外回りの手伝いをしてくれるパラナに頼んで私の手伝いをしてくれる人を探してくれていた。そして、結構な時間が経過した後、先週の水曜日にようやくパラナの姪だというエリアニという女性が手伝いに来てくれた。次の写真は、水曜日の午後、下のセミナールームで本の掃除をしてくれているエリアニを撮ったもの。どんな風に本を扱って、ホコリを取ってほしいか説明したのだけれど、書棚から本を下ろして掃除をした際、本の順番を崩さないようにしてほしいと言い忘れたため、ホコリを払った本の順番を無視して適当に積み上げてしまい、もうぐちゃぐちゃ。途中で気がついたのだけれど、今さら言ってもと思い何も言わなかったのだけれど、途中からでも順番を崩さないでと言った方が良かったかなと後悔。これから時間をかけて1冊ずつ本を確認して、これを書籍のリストに従って順番通りに並べなくてはならないのかと、ちょっと気が遠くなった。でも、一応すべての本を下ろして掃除できたのだから良しとするか・・・。そして彼女は金曜日にも来てくれたので、書棚のエドソン所有の書籍の掃除と整理。そして、窓拭き、家の中で私が掃除機をかけた後の雑巾がけなどをしてもらうことができ、とても助かった。私の本の順番がぐちゃぐちゃになってしまったので、エドソンは書棚の彼の本は一段ずつ下ろして作業をして、本の順番を崩さないように元通りに書棚に戻して並べてと、ちゃんと指示したので、作業が終わったら、元通りにきれいに並んでいて、あらうらやましいと思った。エリアニは以前どこかのお宅でフルタイムでお手伝いさんをしていたそうで、現在は失業中なのでうちで雇ってもらえないかと私に言ってきた。うちはフルタイムで働いてもらうほどの手伝いの仕事はないし、金銭的な余裕もないから、助けが必要な時に来てもらうことしかできないと伝えた。そして、仕事を終えて、エドソンから2日分の日当をもらう際、私に言ったことと同じことを彼にも言ったようで、エドソンも私と同じように応えたようだった。
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2022年6月21日(火) | ||||
次の写真は、6月上旬の発送から1週間で、先週届いた6月15日発行の楽書倶楽部第63号。前回の62号は届くまでに4週間もかかったのに、何という差!ちゃんと早く届いたのだから文句を言うべきではないのかもしれないけれど、これが日本であれば、2~3日で届いて当然なのだけれど、とにかくブラジルの郵便事情は1週間でも早いのだから、おかしいとしか言いようがない。以下は、この号に掲載された私の文章。今回は私の愚痴満載の文章で、こんなことでストレスを溜めたのかと思われるかもしれないけれど、さまざま起こったことのすべてをグダグダ書くことはできないため、ごく一部を書いたに過ぎないのです(トホホな言い訳)。
私はこれまで楽書倶楽部に寄稿した文章で、何度も繰り返しここの環境の良さや田舎暮らしの良さについて書いてきた。そして、実際に都会暮らしでは得られない穏やかな暮らしに満足し、ここで暮らすと決めたことは間違ってはいなかったと思っている。 それでも田舎暮らしの不便さがないかと問われれば、数えきれないほどあるのは事実だ。ここでは手に入らないものもたくさんある。簡単にサンパウロ市に出かけて行くこともできない。良い自然環境に囲まれているということは、たくさんの鳥たちだけでなく、様々な虫たちもイヤというほどいる。私は虫刺されに弱く、頻繁に虫に刺されるため手足が傷だらけになってしまった。家の軒下だけでなく敷地内のあちこちにマリンボンドという攻撃的な黒い蜂が、毎年のように大きな巣を作る。夫も私も土曜日に外の手伝いに来てくれる人も、飼っている犬でさえ何度もこの蜂に刺される被害に遭っている。夜、そろそろ寝ようかという頃、アリや大きな蜘蛛が床を這っていることも珍しくはない。虫が苦手な人には耐えられない環境かもしれない。 うちの西隣りのコーヒー農園は、毎年鶏糞を蒔くので、その都度、その強烈な匂いだけでなく、大量のハエが発生して、外に出ると私たちにまとわり付いてくるので本当に参る。その数たるや、土曜日に草刈りなどの手伝いに来てくれる人の白い車が群がるハエで黒くなるほどだ。うちの東隣りはアテモヤという果物を栽培している農家で、その他には近くに人家がないため、近隣の家の騒音や、大音量で何かの宣伝をしながら走り回る車の音などに悩まされることはなく、基本とても静かではある。ただし、両隣が農作業で使うトラクターなどの大きな音が一日中響いているような日もあり、週末の夜、人が集まって大音量の音楽を流しながらフェスタをしているらしい音が聞こえることもある。でも、これらは自然環境の良い農村地帯で暮らしているからこそ経験する二律背反で、静かですばらしい自然環境の良さだけを選ぶことはできないのだと納得している。 それが今年、「ああ、もうイヤ!こんな不便なところ!」と、何もかも投げ出したくなるような衝動に駆られることがあった。コロナ禍で期限が切れてしまったままの旅券をそろそろ申請し直さなければと、二月にサンパウロの総領事館とメールでやり取りをして、どうしても戸籍謄本を取り寄せなければならないことがわかった。日本からの郵便がずっと止まっている状況で、どうやって取り寄せればいいのかと問い合わせると、DHLやFedexといった国際宅配便は利用できるという回答だった。ブラジル一番の大都市であるサンパウロ市ならそれが可能かもしれないけれど、私が暮らすこの小さな田舎町には配達などしてはくれない。そういう現実がこの広いブラジルにはあることをご存知ないのか疲れるなと思った。それで結局、近隣で一番大きな隣町のボトゥカトゥなら配達してくれることを夫が知っていたので、ボトゥカトゥのコンドミニオで暮らす友人に頼んで住所を使わせてもらうことで何とか問題を解決できることになった。 そして、三月になり、うちで飼っている犬の一匹が朝一番の散歩の際、蜂に刺されたらしく、足をなめなめ家に戻ると様子がおかしくなり顔が腫れてきたので、朝食などそっちのけで、夫が急ぎ隣町のペットクリニックに連れて行ってくれた。数年前にも同様のことがあり同じペットクリニックに駆け込んだことがあった。今回は二度目だったためかアナフィラキシーショックを起こしたようで、クリニックに向かう途中、車の座席の上で横になったと思ったら体を震わせて失神したため、夫が車を止めてしばらく体を揺すりながら声をかけていたら意識が戻るという怖い経験をした。クリニックで注射を打ってもらい、落ち着いたものの、その晩はまだ少し顔の腫れが残っていて夜中に何度も起きて泣いたため、翌朝私は寝不足でフラフラになり、その後も数日寝不足の日が続いていた。 そんな中、実家の兄に戸籍謄本を取ってもらうための委任状を書いて、大きな封筒を半分に折って糊付けしたものに入れて発送しようとしたら、こんな封筒では受け付けられないと言われ、しかも常駐の局員さんが休暇中なので、切手がない。来週用意しておくから出直してと言われたと言って夫が帰宅した。以前、クリスマスカードくらいの小さめの封筒を書留の航空便で日本に送ろうとした際、国際郵便は小額の切手しか使えない、小さな封筒では切手が貼りきれないから大きいものに入れ替えてと言われ、やり直したことがあった。それで今回はわざわざ大きな封筒を使ったのに、折りたたんで糊付けしたようなものはダメと言われたことが、とても腹立たしかった。さらに、郵便局なのに切手がないなんて有り得ない。そもそも料金の高い国際郵便なのに小額の切手しか使えないというのも馬鹿げている。夫は田舎町の郵便局だから仕方がないと言うのだけれど、たった1枚の書類を書留の航空便で郵送するというとても単純で簡単なことが、何故ここまで厄介なことにならなければいけないのかという思いで、前述の、「ああ、もうイヤ!こんな不便なところ!」という感情の爆発になってしまったのだった。 こういう不便さはこれまでだってイヤというほど経験してきているのに、何故今回はここまでの感情の爆発になったのかと、その後少し冷静になって考えてみた。そして、コロナ禍以前から私は外出する機会がとても少ない生活だったのだから、コロナ禍の自粛生活と言っても私の生活に大きな変化はないと思っていた。それでもさすがに二度目のワクチン接種を済ませるまでの二年近くはまったく外出をせず、その二ヶ月後くらいからたまに買い物に出るようにはなったものの、私の英語の生徒さんたちの出入りは相変わらず止めていたため、夫以外の人と話すことがなく、外の人たちとの直接的な関わりがほぼゼロという状態は続いていた。そのため無自覚にストレスが溜まっていて、今回の度重なる疲れる出来事や犬の緊急事態による寝不足などでイライラが募り、普段ならやり過ごせることが我慢できなくなったのかなと思い至った。そして、ストレスというのは怖いなと思った。 ここの生活に限らず、人生はコインの裏表。一方を選べばもう一方を諦めざるを得ない二律背反なのだとあらためて思った。たとえ様々な不便なことがあったとしても、ここの自然環境と治安の良さと穏やかな暮らしはお金では換えがたいほど貴重なものだと強く認識しているからこそ、私たちはここでの生活を選んだのだから、今後は意識してストレスを溜め込まない工夫をしなければと思い直したのだった。 | ||||
2022年6月22日(水) | ||||
楽書倶楽部が届いたのと前後して、前園さんからメールをいただいた。毛利さんが昨年末だったかに日本で出版された『ソロー流、究極のシンプルライフ』が、船便で3ヶ月もかかってようやく届いたからと、楽書倶楽部に寄贈のために持ってこられたということだった。それで一緒に写真を撮ったと、その写真も送ってきてくださった。毛利さんは3月に突然の心筋梗塞で救急搬送された病院から、さらに専門の病院に運ばれ手術をされたのだけれど、思った以上にお元気で嬉しかったとメールにあった。サンパウロ市内だからこのようにテキパキと対応してもらえたのだろうけれど、同じことがここで起こったら手遅れになる可能性大だろうなと思った。一緒に写っている男性は、やはり楽書倶楽部同人の松本さん。写真を見る限り、皆さんお元気そうで良かったと思った。
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2022年6月23日(木) | ||||
家の西側の庭で咲くマナカの花の数が増えてきて、とてもきれいなので、写真を撮ろうと思っていたらエドソンが同じように考えて撮っていたので、その写真をこのブログで使わせてもらうことにした。1枚目は、夕日を浴びているマナカ。2枚目は、花を咲かせ始めている桜。家の西側の桜はまだあまり花がないので、これは家の前の庭の桜だろうと思う。3枚目は、家の前のハイビスカス。以前も書いたことがあるけれど、白い花が咲く木は枯れて消えてしまったのだけれど、赤い花が咲くハイビスカスの木に時々こんな風に赤い花に混じって白い花が咲くようになって久しい。
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2022年6月24日(金) | ||||
コロナ禍になって以来、ずっとやめていた英語のプライベートレッスンを年明けから再開しようと思っていたものの、エドソンとふたりしてオミクロンに感染してしまったため、再開を先延ばしにしていた。3月下旬に3回目のワクチンを接種して少し間を置いて再開しようかと考えたりもしたのだけれど、4月は自動車運転免許証の更新手続き、5月はサンパウロの総領事館での旅券申請などなどで頭がいっぱいで、その上、はるが亡くなってしまって落ち込んだこともあって、やはりまた先延ばし。そして、6月になりようやく再開しようと決心して、エドソンに連絡を取ってもらい、まずはヴァレンチーナとフラヴィアのレッスンの日時を調整した後、昨日からレッスンを再開した。次の写真は、2年3ヶ月ぶりに元気にやってきたヴァレンチーナ(左)とフラヴィア(右)。2年前はまだ10歳で幼い感じのふたりだったけれど、12歳にもなればさすがにティーンエイジャーの女の子という感じになっている。ふたりとも真面目で性格のいい子たちなので、楽しいレッスンの再開になった。土曜日の午後レッスンに来ていた高校生のマテウスからは返信がなく、以前木曜日の午後来ていたルイーザともまだ連絡が取れていないので、まあ、一気に再開しなくても、ぼちぼち再開すればいいかと思っている。ただ、ハファエウとヴィトーのために週2回やっていた大人向けの夜のレッスンは、ちょっと体力的にしんどいので再開はしないでおこうと考えている。
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2022年6月25日(土) | ||||
エドソンの衛星通信地上局が落雷被害を受けないようにするために、家の東側のスペースの地面に穴を掘って何かを埋め込んでコンクリートで被う作業をエディにしてもらったことは、以前書いた。その後、エドソンのオフィスの東側の壁の部分を仕上げる作業をパラナたちと一緒に手伝いに来てくれるようになったパウロというペドレイロの仕事ができる人がやってくれたので、その写真を撮ってみた。この状態になってずいぶんな時間が経過しているので、これで完成なのかな?と思うのだけれど、良くわからない。これは冷蔵庫や洗濯機についているアースのような働きをするものだということは漠然と理解しているのだけれど、本当のところ技術的なことはまるでわからない私には何がどうなって落雷被害を防いでいるのかわかっていない。
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2022年6月26日(日) | ||||
6月24日付けのブラジル日報に、「《特別寄稿》極限の恐怖の中で生きる人々=『ひまわり』と『夜と霧』から=「誰かが自分を待っている」との想い=サンパウロ市ビラ・カロン在住 毛利律子」という私の友人である毛利さんの文章が掲載されたので、以下にリンクをはってみる。この記事のサイトはこちらへ。この記事の中でホロコーストを生き抜いた心理学者のフランクルが「生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。人生の意味を見出した人間は、苦しみにも耐えることができるのである」と言うのはもう悟りの境地のようで、凡人には体得困難なことのようにも思えた。私たちはなぜ生まれて来たのか?なぜ生きているのか?生きる目的は何なのか?人生の意味はどのように見出したらいいのか?人生の意味を見出すことはできないかもしれないけれど、凡人は凡人なりに、とにかく与えられた人生を、後ろ向きにならず、なるべく前向きに生きて、おだやかな最期を迎えたいと思うのだけれど・・・。 | ||||
2022年6月27日(月) | ||||
はるがいた頃は、昼食後のお散歩は、私がはるを連れて、エドソンがひろを連れて一緒にお散歩した後、めいのお散歩は私ひとりでしていたのだけれど、はるが亡くなってからは、エドソンがひろを担当するのは変わらず、私はめいを担当して、ひろとめいとで一緒にお散歩するようになった。次の写真は、そんなひろとめいとのお散歩の際に撮ったもの。ふたりが戯れ合うこともたまにあるけれど、どちらかと言うとふたりとも結構マイペースで歩く。私がめいを連れながら写真を撮るのは難しかったので、エドソンにふたりのリードを持ってもらって撮ってみた。はるはひろよりもずっと小さく、ぐいぐいと私を引っ張るようなことはなかったけれど、めいはひろ同様力が強く、ぐいぐいと私を引っ張るので、時々それを制止しなければならない。写真で見てわかるように、めいの身体の大きさはひろとほぼ同じ。体重を測ってみたことはないけれど、ひょっとしてめいの方が重いかもしれない。
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2022年6月28日(火) | ||||
ご近所のドナ・ベティのファゼンダのマネージャーのジョアオンから小さなニワトリをあげる準備ができたから取りにきてと連絡があったようで、先週の土曜日の午前中、エドソンは手伝いのパラナとふたりで貰い受けに行った。それで貰ってきたのが次の写真のニワトリ3羽。日曜日の朝ダンちゃんたちにエサをあげるついでに、彼らの様子も見てみると、彼らのために作っておいたニワトリ小屋の中の止り木に3羽仲良く止まっていた。一番左がオスで、右側の2羽がメス。右端のメスにはまだトサカがないのでヒナだということがわかる。このニワトリはガーニゼ(Garnize)と言って、普通のニワトリの半分か3分の1くらいの大きさしかない。このニワトリは日本語では何と言うのだろうかと思いネットで調べてみると、チャボだと言うことがわかった。チャボというニワトリのことは聞いたことがあるけれど、普通のニワトリとの違いを読んでみると、まさにこのガーニゼだった。
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2022年6月29日(水) | ||||
次の写真は、エドソンがパラナに頼んで、壊れたカートに鶏糞を混ぜた土を入れて、右から順に、ネギ、バジル、パセリの苗をパラナに植えてもらい、畑のチャボの小屋の横に置いてもらったもの。畑に直に植えると、ダンちゃんたちに食べられるか、踏みにじられるかするだろうから、こんな風にしてみたとエドソンは言っていた。ダンちゃんたちに邪魔されず、無事に育ってくれるといいな。
台所の食器を拭く布巾が古くなったので、新しいものを出したらダンゴーラの絵の描かれた布巾が出てきたので、食卓の上に広げて以下の写真に撮ってみた。この絵は足がなくて変な絵だけれど、こんな風に台所関連の品物にダンゴーラがモチーフになったものをここではよく見かける。でも、アフリカから来た鳥だからなのか、地域によっていないところもあるようで、アマゾンのマナウス在住の陣内さんや、陣内さんのところに長年来ている通いのお手伝いさんもダンゴーラのことはまったく知らないし、見たこともないと言うことだった。まあ、ブラジルは広いから、地域によってまったく別の国のような感じなんだろうなと思う。
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2022年6月30日(木) | ||||
またまた広島の友人がヤマモモという実がなっている木と、その実の写真を送ってきてくれた。やまももというのも初めて聞く植物の名前だ。1枚目の写真は、彼女が毎朝参加しているラジオ体操が行われる公園の入り口にある3本のヤマモモの木の1本だそう。朝友さんからこの木はヤマモモで実が食べられると聞いて、食べてみると想像していたよりも甘く野性のすもものような味だったそう。「実を少しもらって帰ってジャムを作ってみようと砂糖で煮込んだところ実が小さかったせいか種だけの感じになってしまい食べる所がありませんでした。ちなみにネットでみるとシロップにするとよかったみたいです」と書いていた。
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