Kyoko Yoshida Life in Brazil BLOG 

2020年11月1日(日)

Youtubeの番組を見ていて、先日来お砂糖の代わりにラカントというものを使っていろいろなデザートを作っているサイトがあったので、いくつか見た。ラカントと言うのは羅漢果(ラカンカ=Monkfruit)というウリ科の植物のエキスと、とうもろこしの発酵から得られる「エリスリトール」という天然素材から作った自然甘味料で、英語ではMonkfruit Sweetenerと呼ばれているらしい。カロリーと糖質がゼロなので、体にいいのだとか。と言うか、糖質は高いのだけれど、体に吸収されないので、実質ゼロということらしい。ただ、普通のお砂糖に比べて値段が高いので、自宅でちょこちょこ使うのはいいとして、ケーキ屋さんなどがこれを使うと、いくら体にいいと言っても、利益が出ないようなものらしい。このことをエドソンに話して、彼がインターネットで検索したところ、ブラジルでも手に入るということで、注文して入手したのが次の写真のもの。ラカントというのは商品名なので、今回入手したものは、Low Carbと言う名前の商品で、色が茶色ではなく白いものだった。早速、エドソンは朝食のコーヒーに入れて飲んでみたのだけれど、ステビアその他の液体の甘味料のような独特の味はせず、砂糖とほとんど変わりないので気に入ったようだった。

2020年11月2日(月)

次の写真は、先週の木曜日の朝、ヴィトーが仕事で移動中うちの上空を通った際撮って、送ってくれたうちの写真。エドソンが朝、うちの上空を飛ぶ白いセスナを見たのだけれど、それを見た数分後にこの写真が届いたので、ヴィトーに、「さっき白いセスナを見たんだけれど、あれに乗ってたの?」と聞くと、そうだという返事だったと言う。この写真中央の木で囲まれた変形の四角形の土地がうちの敷地。上から眺めると平坦な場所のように見えるけれど、ここは右側から左側に低くなっている傾斜地。我が家、ガレージ、シュハスコ小屋、離れ、そして離れに通じる白っぽい道も、丘の上の貯水タンクや見晴らし台もちゃんと写っている。写真の上が北、下が南、右が東で、左が西という位置関係。上部の草地は右と左で所有者の異なる牛の放牧場で、うちの左側に見える緑の木々はコーヒー農園のコーヒーの木。右側と下側の草地や森はお隣のウィリアム所有の土地。うちの敷地の左下側は、うちの生活用水を得ている森で、その森の北側や東側に植えた木々が大きくなり、以前よりも森が広がってきているのがわかる。うちの敷地も回りと同じように木のないただの草地だったところに、苗木をたくさん植えて、育てて、こんな風に木で被われた場所になったのだから、時の流れを感じる。

2020年11月3日(火)

9月下旬から10月上旬にかけて、まだ春先だというのに異常な猛暑の日々だったけれど、第二週目から雨が降るようになってからはここらしい朝晩は涼しく、昼間も最高気温が30度を上回ることのない気温が続いている。と言うか、ここ数日は寒いくらいなのだけれど・・・。そうするとおもしろいことに、はるとひろは私たちが朝食を食べている間や、自分たちの朝食が終わってからもしばらくは、食堂の隅の朝の日差しが入る日溜まりで座ってまったりと過ごすようになった。その様子を撮ったのが次の写真。私がカメラを構えているのではるは名前を呼んでもしらんぷり。でも、ひろは私が側にいる時はカメラの有無に関わらずいつも私に注目してくれる。はるは頭を動かさないので何だか瞑想でもしているような表情に見える。この写真を撮って、私が台所の片付けなどを終え、洗面所や寝室でゴソゴソし始めると、彼らもおもむろに場所替えをして、居間のベッドに移動する。その季節季節で朝の居場所と行動が少しずつ変化するワンコたちを、おもしろいなと思いながら眺めている。

2020年11月4日(水)

Youtubeの番組で砂糖の代わりにラカントを使って作るデザートをいろいろ見たので、そのうちのスフレチーズケーキを作ってみた。材料は玉子とクリームチーズとラカントだけで、小麦粉も使わない。卵白の泡立て方が足りなかったのか、番組で出来上がったものと比べると膨らみが足らず、うちのオーブンは温度調節がちょっと難しく、170度と指定されてもその通りにはならないので、熱量不足だったのか、焼きも少し足らなかったような出来栄えになってしまった。エドソンの評価は「まあまあかな?」だった。でも、味はちゃんとチーズケーキ以外の何者でもなく、初回はこんなものかなと、自分を慰めた。

2020年11月5日(木)

10月31日付けのニッケイ新聞に、友人の毛利さんがおもしろい記事を寄稿されていたので、ここにリンクをはってみる。私も以前、Youtube上のねずさんの番組だったかで、日本に布教に来ていたキリスト教の神父たちが日本人から奴隷を買って、海外に売り飛ばしていたということ、そしてそれを危惧した豊臣秀吉(だったかな?)が、奴隷売買の巣窟であるキリスト教の布教をやめさせ、鎖国する方向に向かったというようなことを聞いた憶えがある。諸外国には戦争に負けた側の人間を奴隷にするのは常識で、日本には存在していなかった奴隷を当然のように使っていたので、日本人が奴隷として海外に売り飛ばされていても不思議ではないと私も思う。南米でもキリスト教の神父たちが奴隷市場で奴隷を買っていたということだし、そういうキリスト教ってどうなのよと、つっこみを入れたくなる。『特別寄稿=16世紀の日本人女性奴隷哀史=サルバドールに「女官」いた?=サンパウロ市ヴィラカロン在住 毛利律子』という記事のサイトは、こちらへ

この毛利さんの記事は、10月20日付けのニッケイ新聞の「《記者コラム》16世紀に南米へ来た日本人奴隷とユダヤ教徒」という深沢編集長の記事に触発されて書かれたものらしいので、その記事へも以下にリンクをはってみる。この記事のサイトは、こちらへ

2020年11月6日(金)

広島の友人に、腸内環境を整えるためには「まごはやさしい」という食事をこころがけるといいみたいとメールをしたら、彼女の定番の朝食の写真を送ってきてくれた。以前は朝食にパンを食べていたのだけれど、1年位前からその代わりにあんことよもぎ餅を食べるようになったと言う。そしてコレステロール対策として毎朝食べていた卵とウインナーを止めて、たんぱく質源として冷凍の鯖や鮭などをお餅と一緒にグリルで焼いているのだそう。写真の手前左側のお皿は、何も味付けをしていない蓮根、人参、椎茸、白菜の蒸しもの。右側があんこと焼きよもぎ餅、その奥が大根おろしと鰹節、胡麻、ネギ、焼き海苔のお皿で、これはそのまた奥のらっきょう漬けの酢をかけて食べるのだそう。このらっきょう漬けは彼女の手作り。大根おろしの左側は焼き鯖。その奥がバナナとみかん。飲み物は低脂肪牛乳と豆乳を水で割ったもの、コーヒー、そして、トマトジュースに豆乳と小さじ1杯のアマニ油を加えて水で割ったものだそう。蒸し野菜と果物とたんぱく質源はその時冷蔵庫や冷凍庫にあるものを使うのだけれど、その他はほぼ毎朝定番のメニューらしい。まさに「まごはやさしい」のメニューでお見事!でも、お休みの日にこれらを時間をかけて準備するのならわかるけれど、毎日仕事に出るのに、こんな朝食を用意するなんてすごいと思った。結構早く起きるのだけれど、朝起きて出かけるまでに2時間半はかかり、いつもぎりぎりであわてて出かけると言っていたのが微笑ましかった。

次の写真は、その友人がランチタイムに散歩がてら行ってランチをする広場の風景だそう。彼女の職場からだと片道徒歩で少なくとも15分くらいはかかるのではないかと思うのだけれど、まあ、オフィスでランチをするよりも運動と気分転換になっていいのかな?1枚目の写真の4本の柱のように見える造形物の左側2本の間に小さく広島城の天守閣が写っている。これは広島市の中心街にあるそごう基町クレドという商業施設の6階の開放された屋根のない広場で、広島市の北側の風景が見えている。2枚目はスマホを少し右に振ってランチを楽しむ人々を撮ったもの。ここはいつ頃できたものなのか、私が広島で暮らしていた頃はまだなかったし、近年駆け足で広島に戻っても、市の中心部に行くことはほぼなかったので、まったく知らない場所。

2020年11月7日(土)

10月になって少しずつ雨が降り出したので、家の東側の庭にようやくタケノコが3~4本芽を出し始めた。1本だけ少し大きくなったものがあったので掘り出して皮を取り除いたものが次の写真。

タケノコと豚肉とかつおぶしで、土佐煮を作って食べたい気分だったのだけれど、1本だけでは量が少なすぎるので、まずは茹でてひとまず冷凍保存にした。その後お料理の本をパラパラと見ていて、肉団子と野菜のあんかけというお料理にいろいろな野菜と一緒にタケノコも混ぜるようになっていたので、これならタケノコがメインではないから量が少なくてもできるなと思い、作ってみた。今年の初物のタケノコを感謝しながらいただいた。

2020年11月8日(日)

次の写真は、外ベランダ横の花壇でバラが咲いたので撮ったもの。この花壇は以前はバラの木が4~5本あったのだけれど、それらの木が1本、また1本と枯れてしまい、すべて姿を消してしまったので、今は芝生や雑草に占領されてしまっている。このバラは今年の初め頃だったか、ボトゥカトゥが豪雨で川が氾濫したりという被害に遭った後、エドソンがボトゥカトゥに行った際、募金活動として販売されていたものを1本買ってきたもので、しばらく鉢植えのままで育てた後で、この花壇に地植えしたら、木はまだ小さいのだけれど、元気に新しい葉を出し花を咲かせてくれたもの。鉢植えのままここに置いているように見えるのは、鉢の底を切り抜いて、芝生や雑草に侵食されないようにしているから。

2020年11月9日(月)

この土曜日、ゼーとマリアが手伝いに来てくれたので、午前中エドソンはゼーに手伝ってもらってアンテナを立てるための穴を掘って、支柱を埋め込み、ディッシュアンテナをふたりで運んで来て設置したりという作業をしていた。次の写真は、ディッシュアンテナの支柱への設置が終わり、微調整をしているらしいエドソン。これを真北に向けて、月から来る信号を受信しようという試みらしい。これとは別に最近、アメリカのAMSATが打ち上げた衛星が毎日うちの上空を通過する午後の時間に、カメラの三脚に取り付けた手作りの衛星通信用アンテナ(2枚目写真)を家の南側に出して、何やらしている。このAMSATの衛星は昔なつかし、私たちがサテライフで仕事をしていた頃、サテライフが持っていたHealthSatという衛星が使っていたパケット無線の技術を使っているから、メッセージのやり取りができて、最近の退屈な衛星技術と違って、楽しいのだと言っていた。私には技術のことは何が何やらよくわからないけれど、パケット無線か?30年くらい前に初めて聞いたなつかしい言葉だなと思った。

2020年11月10日(火)

入り口ゲート近くの木が何だか最近白っぽいので、花が咲いているのかな?と、側まで行って見ると、やはりたくさん小さな白い花を咲かせていたので、次の写真を撮った。ひとつひとつの花がとても小さくてよく見えないので、2枚目の写真は、アップで撮ってみた。この木は私たちが植えた木ではなく、もとからここに生えていた木。ここで見かける大きな木に咲く花は、この花のように派手さがなく、うっかりすると見落とてしまいそうな感じのものが少なくないように感じる。肉眼では見えなかったのだけれど、アップの写真を撮ってみると、蜂がたくさん花の蜜を採りにきているが見える。

2020年11月11日(水)

最近、エドソンは夕飯でご飯の代わりに煮豆を食べていると少し前に書いたけれど、私も午後のおやつとして水煮しただけで何も味付けなどしていないこの煮豆をよく食べるようになったので、たくさん煮ても3日くらいでなくなり、また煮るというのを繰り返している。次の写真は、圧力鍋でただ水煮しただけのそのカリオカ豆をお鍋からガラスの保存容器に移したところ。このカリオカ豆は白っぽい色をしているけれど、もう少し茶色っぽいカリオカ豆もある。同じカリオカ豆なのに、どうして色が違うものがあるのか理由はよくわからない。

次の写真は、昼食後のお散歩から戻り、ベランダの椅子の上で穏やかな顔をしてくつろいでいるめい。

2020年11月12日(木)

数ヶ月前からエドソンはブラジル南部のヒオ・グランジ・ド・スーウ州にある大学の衛星通信プロジェクトを支援しているらしく、定期的にオンラインでミーティングをしているらしい。そのミーティングの中で先日学生さんのひとりが、彼の知っている神父さんにエドソンがとても良く似ていると言って、その神父さんの写真を送ってきたそう。見ると本当、何だか頭のハゲ具合とか(この神父さんの方がエドソンよりもずっとツルツルだけれど)、顔の形とか、全体的な感じというか作りが良く似ていてエドソンも私もびっくり!こういう兄弟がいても不思議ではないくらいに似ているなと思った。この広い世の中、自分に良く似た人が何人かいるとは言われているけれど、エドソンにとってこの神父さんはその良く似た人のひとりと言えるかもしれない。

2020年11月13日(金)

広島の友人が先日、彼女のマンションのベランダの前を黒い鳥の大群がわ~と飛んで行ったので、急いでカメラをもってベランダに出たら、目の前を大群をなして飛びまわるのですごく迫力があったとメールをくれた。「カワウの大群のようでしばらくうちの前あたりをぐるぐる回って、その後川におりて魚を捕獲していたようです」ただ、その空を飛び回っている写真は撮り損ねてしまったそう。でも、川に降り立ったところは撮ることができたと送って来てくれたのが次の3枚の写真。「川では水上スキーのようにすべるようにしていたり、潜って魚を取ってました。川でも空と同じように先頭の動きに沿って大群で動いて、なんかマスゲームのようで見てて飽きなかったです」とあった。こんな話を聞く度に、広島は結構な都会だけれど、こういう自然がとても身近にあっていい町だなとつくづく思う。それにしてもすごい数のカワウだこと。広島で暮していた頃、太田川放水路などで、アオサギやシラサギを見かけることはよくあったけれど、カワウを、しかもこんな大群で、見たことはないように思う。

2020年11月14日(土)

先月、サビアーという鳥の歌声を録音したYoutubeサイトにリンクをはって紹介したけれど、前回のサビアーとは少し違うサビアー・ラランジェイラの歌声のサイトを見つけたので、またリンクをはってみる。このサビアー・ラランジェイラのラランジェイラというのはオレンジという意味で、胸からお腹にかけてオレンジ色をしているのでこの名前がついたらしい。先月掲載したサビアーの写真も胸からお腹にかけてオレンジ色をしているので、サビアー・ラランジェイラの写真だったと今頃気づいた。前回も書いたけれど、サビアーにはいろいろな種類がいて、それぞれの種類や個体で少しずつ歌声が異なるため、私にはそれらの歌声を聞いてもどのサビアーの歌声かということは判別できない。今回リンクをはったサイトの歌声は、うちで一番よく耳にする歌声と似ている。個体によっては別の種類のサビアーの歌声を真似するものもいるそうなので、歌声だけでどのサビアーかを当てるのは難しいように思う。このサイトは、こちらへ

2020年11月15日(日)

先日、家の西側の庭でくちなしの白い花がひとつ咲いてるのが食堂の西の窓から見えたので、外に出て木の側まで行ってみると、窓からは見えなかった奥に、もうひとつ咲いていたので、次の写真を撮った。11月はくちなしの花が咲く季節なので、もうすでに11月中旬ではあるけれど、ほぼ季節通りに咲き始めてくれたことになる。でも、今のところ2つだけで、つぼみはいくつか見えるものの、まだ後が続かない状態で停滞しいている。ふたつだけの開花だけれど、側に行けばほんのりといい香りがする。

2020年11月16日(月)

家の東側の庭で次々にタケノコが芽を出し始めた。3つほど大きくなったものがあったので、先日エドソンとふたりで掘り出して収穫した。次の写真はその3本のタケノコを大きな鍋で茹で始めたところ。2枚目の写真は、この内の2本を使って作ったタケノコと豚肉の土佐煮。この数日前には、タケノコとズキーニと牛肉の炒め物を作ったので、これで三度目のタケノコ料理となった。次はタケノコご飯かな?家の西側の道沿いの竹林からもタケノコが出始めたので、こちらのタケノコの収穫も始まり、これからしばらくは収穫したタケノコをどのように調理して消費しようかと頭を悩ます日々になりそう。ありがたいことではあるのだけれど、ちょっとうれしい悲鳴の予感・・・。

2020年11月17日(火)

次の写真は、この土曜日の夕飯に作ったローストポークの付け合わせとしてエドソンが作ったタケノコとトマトを炒めもの。このお料理は普通、パルミットと呼ばれるココナツの芯とトマトで作るのだけれど、このパルミットの味や食感がタケノコに似ているので、タケノコがたくさん採れる時期に、エドソンが一度は作ってくれるお料理。去年のタケノコの時期には、私の生徒さんたちや、離れの建設作業をしてくれていたペドレイロさんたちに、茹でたタケノコをアイスクリームの容器に入れてたくさんお裾分けしたのだけれど、今年はこのコロナ禍で生徒さんたちのレッスンはストップしていて、うちに出入りしているのは土曜日に時々手伝いに来てくれるゼー夫婦だけなので、お裾分けをする相手の人数が少なく、どのようにタケノコを消費したものかとぜいたくな悩みを抱えることになってしまった。

2020年11月18日(水)

以前、11月8日はブラジルでは市長や市議会議員を選ぶ地方選挙の日と書いたけれど、思い違いをしていた。ブラジルの地方選は8日ではなく15日だった。アメリカと違ってブラジルでは各投票所で電子投票が行われるため、夕方に投票が締め切られると、その日の夜には結果が出る。ただし、複数の候補者の誰も過半数を取れなかった場合は上位2人で決選投票が29日に行われて決まる。パーディーニョの市長候補はふたりだけで、今回の選挙で6割の票を獲得した歯科医師のゼー・ルイス氏が市長に決まり、副市長はパーディーニョの町でアイスクリームを製造販売している、私たちも知っているヒウドになった。アメリカの大統領選挙で大統領と副大統領がペアで選挙活動をするように、ブラジルでは市長と副市長がペアで選挙活動をするので、市長を選出すると副市長も自動的に決まる仕組みになっている。先月の末、エドソンがスーパーに買い物に行った際、この市長候補の一団がドッとスーパーに入ってきてお客さんたちひとりひとりと挨拶を始めたので、エドソンは握手やハグは拒否したと書いたけれど、その際、市議会議員候補のひとりからもらったという名刺サイズよりも少し大きい10x7cmのチラシを持って帰っていたので、その写真を撮ってみた。3人並んだ左側の人が今回市長になったゼー・ルイスという人で、右側がヒウド。真ん中がこのチラシの主役の市議会議員候補の人。でも、この人は選出されなかったらしい。

2020年11月19日(木)

寝室の前の庭の竹林だったところの竹を取り除いて、畑にし、オクラの種を蒔いて、芽が出てきているところをいつだったか写真に撮って掲載したけれど、その芽がだいぶ大きくなってきていて、最近花が咲き始め、オクラが育ち始めている。それで撮ったのが次の写真。そして、1本だけすでに大きくなっていたものがあったので、収穫して撮ったのが2枚目の写真。このオクラも、今はまだ実がなり始めたばかりなので、しばらくは1本とか2本採れるだけだろうけれど、そのうち一度に何本も採れるようになるだろうと思う。

2020年11月20日(金)

次の写真は、鶏小屋のすぐ前の畑で育っているミニトマトの木。だいぶ前から小さな青い実がたくさんなっていたのだけれど、色づくのにとても時間がかかっていた。最近ようやく、少しずつ色づくようになり、毎日4個前後収穫できるようになってきた。2枚目の写真は、その収穫したミニトマト。スーパーなどで見かけるミニトマトと比べると、実がとても小さいのだけれど、朝食べるサラダに入れて食べている。

2020年11月21日(土)

ブラジルでコロナ禍が広がり始めてから少しして、4月か5月頃だっただろうか?ブラジルと日本の間の国際郵便が止まってしまっていることを知った。ブラジルがどこの国との国際郵便を止めているのかという全体像は私にはまったくわからないのだけれど、ブラジルの感染がピークに向けて突っ走っていた頃だってずっとポルトガルとの国際郵便は普通に機能していたし、一昨日はアメリカからの郵便が発送から2週間かかってはいたものの、ちゃんと届いた。さらに、エドソンが中国から買った何かの部品の小包もちゃんと届いていた。それでどうもこれはブラジルが止めているというよりも日本が止めているのではないかと思うようになった。日本はぼちぼちビジネス関係の人たちの出入国を緩和しているようだけれど、郵便の規制が続いているのはどうしてだろう?ブラジルの感染者が減らないから規制しているのだろうか?ただ単に飛行機の運行数が減ったために郵便の輸送が困難で、送ったり受け取ったりができないのだろうか?日本郵政のサイトで調べてみると、結構いろいろな国や地域との国際郵便が再開されていて、世界一感染者の多いアメリカとの郵便も10月上旬に再開されていた。私はここで日本の年金を受け取っているので、毎年誕生月の末までに在留証明を添付した現況届けを提出しなければいけないのだけれど、郵便が送れないとなると、どうすればいいの?と思い、サンパウロの総領事館に問い合わせた所、郵便が再開されるまで現況届けを提出しなくても支払いは自動的に継続されると聞き、ほっとした。ブラジルのコロナ感染者は最近徐々に減少傾向にあったのだけれど、まだ第一波が収束に向かってもいないのに、最近また感染者の増加が見られ始め、どうやら第二波が来ているらしいので、これでは当分日本との郵便は再開されそうもないなと思った。

2020年11月22日(日)

広島の友人が、「会社の人がタケノコを沢山もらった時は茹でたものを甘酢づけにすると長持ちししかも美味しいと言っていました」と教えてくれたので、早速、タケノコを甘酢に漬けた酢の物を作ってみた。甘酢はきゅうりの酢の物やラディッシュの酢の物を作るときと同じものなのだけれど、中に入れるものが変わると、それぞれに味が変わって、それぞれにおいしいと思えるから不思議。そして、このタケノコの酢の物も、エドソンに好評だったので、これからきゅうりの酢の物と入れ替わりで食卓に上げようと思っている。

2020年11月23日(月)

このところほぼ毎日のように夕飯にタケノコの酢の物だけでなく、タケノコを使ったメインの料理を作って食べている。次の写真は、先日エドソンが作ってくれた鶏肉とタケノコのロースト。1本を半分に切ったタケノコの穴の部分に何かを入れたいと言って、オリーブを入れてローストしたもの。鉄板とお肉の間の透明なプラスチックのようなものは、アルミフォイルの代わりに使うロースト専用のプラスチックで、破れ易いアルミフォイルと異なり、とても丈夫なので、最近はいつもこれを使っている。

2020年11月24日(火)

土曜日に15本のタケノコを収穫した。もっと収穫できるタケノコがあったのだけれど、これ以上収穫しても処理に困るので、15本で止めておいた。皮を剥がす際、爪を立てて剥がすので、15本もの皮剥き作業をしたら爪の間から少し血が滲んでしまってやれやれだった。その後大鍋に入れることができた10本のタケノコを茹でて、煮沸消毒して準備しておいた大瓶3つに茹でたタケノコを入れて、塩と酢と熱湯を入れて保存する状態にしたのが次の写真。このやり方はエドソンが以前何かで読んだというので、その通りにふたりで作業した。そして、これらの瓶は下の冷蔵庫で保存。どのくらいの期間保存できるのか?2~3ヶ月くらいかなあ?

2020年11月25日(水)

ここには我が家の西側道沿いにあるユーカリの並木を寝ぐらにして暮しているガビアオンという鳥(ワシの一種)がいて、毎日彼らの姿を見かける。これまでも毎年巣作りをして、子育てをしているらしい様子が見られたのだけれど、今年は2羽のつがいだけでなく、子どもも一緒に地面の上を歩いているのをよく見かけるようになった。ワンコたちとのお散歩の際、道の西側のセドリーニョの木の下辺りに2羽が少し距離をおいて立っているのが見え、少し行くと、道の東側のセドリーニョの木のてっぺんでお父さんらしきガビアオンが辺りを警戒しながら母子を見守っているような状況と出くわしたりしたこともある。子どもと言っても大きさは親鳥とほとんど変わらないので、あまり区別がつかないのだけれど、気持ち体が少し小さく、弱々しい感じに見えるのが子どもかな?と、思う。次の写真は、彼らの巣があるユーカリの木からあまり遠くない、道の東側の竹林の側の日陰に座っているその子どもと思われるガビアオンを撮ったもの。ワンコたちとの昼食後のお散歩の時に、離れの東側の桜林の辺りやこの近辺をうろうろしていて、側に親鳥の姿はなかった。その後、私がノイヴィーニャの移植作業で何度も側を通ってもずっとこの辺りにいるので、作業が終わった後カメラを持って出直して撮ることができたもの。

2020年11月26日(木)

タケノコを甘酢漬けにするといいと教えてくれた友人とはまた別の友人から乾燥タケノコを作っておけば、「タケノコが採れない時期に、煮物やきんぴら風にして食べると、こりこりしておいしいです」と教えてもらったので、実験的に少しだけ乾燥タケノコを作ってみることにした。平たいザルは2つあるのだけれど、1つはタイムの乾燥に使っているので、乾燥タケノコを作るために使えるザルは1つだけ。それで半本のタケノコをスライスして、外に出して半日余り日光に当ててみた。1枚目の写真は、外で日光に当て始めたタケノコで、2枚目はきれいに乾燥したタケノコを夕方家の中に入れて、翌朝食卓の上で撮ったもの。見事に乾燥している。タケノコを天日干しにするために使うことのできるザルのような入れ物がないので、一度にたくさんはできないけれど、これから少しずつ作ってみようと思っている。

2020年11月27日(金)

最近、さらに別の友人から秋の便りが届いた。現在、広島の原爆ドームは保存工事がされているらしく、その様子を撮った写真を送って来てくれた。宮島の厳島神社の大鳥居もずいぶん前から改修工事が行われているようだけれど、大変な作業なんだろうなと想像する。そして、秋晴れの1日に撮ったという川の景色の写真も送ってきてくれた。季節の移り変わりをこんな風に目ではっきりと見ることができる日本はいいなあ。

2020年11月28日(土)

ずいぶん前に、庭の東側にあるフランボヤンの木に赤い花が咲き始めたと言って、写真を掲載したけれど、うちの木はまだ若いからか、木全体が真っ赤になるほど多くの花を一斉に咲かせることはない。でも、花の咲く期間が長く、現在も次々に花を咲かせてくれているので、また写真を撮ってみた。2枚目の写真は、ベランダ前のハイビスカス。ここのハイビスカスは最近数年間、葉切りアリに繰り返し葉を落とさることが続き、あまり花を咲かせていなかったのだけれど、ここしばらく葉切りアリの襲撃がないため元気にたくさん花を咲かせるようになってくれた。うれしい。

2020年11月29日(日)

金曜日の夕方、手伝いのゼーがエドソンが以前から頼んでいたダンゴーラという鳥を4羽持ってきてくれた。ブラジルでは鶏の一種と考えられているようなのだけれど、見た目は鶏という感じではなく、鳴き声も鶏とはまったく違っていた。でも、鶏同様の卵を生んでくれ、それを鶏の卵同様に食べることができるらしい。このダンゴーラという鳥は、寝ぐらをちゃんと憶えれば、放し飼いにしても夕方ちゃんと寝ぐらに戻ってきて、庭の虫などを食べてくれるのでいいのだとか。野性に近い鳥のようだ。でも、自由に放し飼いにすると、畑の野菜を食べてしまうという問題が発生するだろうし、彼らが自由に戻ってこられる出入り口を作らなければ戻ってこれないという問題をどのように解決するつもりなのだろう?1枚目の写真は、ダンゴーラを鶏小屋の運動場に入れる前に1羽ずつ羽先を少し切っているところ。

2枚目は、4羽のダンゴーラが無事運動場に入った後撮ったもの。この内の1羽はオスだということだった。

ゼーが持ってきてくれたダンゴーラ4羽とダンゴーラが生んだ卵10個に対して、200レアル(円換算で約4000円)を支払った。3枚目の写真は、そのダンゴーラの卵。鶏の卵よりも少し小さく、片側が丸く、もう片側が尖っていて、しずくのような形をしている。早速、翌朝の朝食でゆで卵にして食べてみた。うちの鶏の卵同様、黄身が濃く、味は変わらなかった。

2020年11月30日(月)

次の写真は、家の西側の道沿いの竹林を撮ったもの。タケノコがたくさん生えてきているのがわかる。背が高く伸びてしまったもの、採って食べるのにちょうど良さそうな大きさのものなど、10本のタケノコが写っている。でも、カメラのフレームに入りきらなかっただけで、周辺にはまだ何本ものタケノコが生えている。タケノコは生えてきたものをすべて採るのではなく、現在生えている竹の側に生えてきたものは、そのまま成長させ、竹林から離れたところに生えてきたタケノコは掘り出して食べるようにしている。とにかく今が最盛期で、タケノコを採ってきて処理するのに大忙し。そして、ランドマークの南側のヒメシマダケの林を広げないために、ランドマークの木の回りや、来客用の車を駐車するスペースや、その横の桜の庭などに生えてくるヒメシマダケの芽を取り除く作業も忙しい。それでクワを持つ右手の平に2つ豆ができて、破れて痛い。やれやれとほほ・・・。



  Home Copyright (C) 2009 Kyoko Yoshida   Next