Kyoko Yoshida | Life in Brazil | BLOG |
2019年9月1日(日) | ||||
「捕鯨問題」に正面から取り組んで、初めて海外に発信した映画監督でジャーナリストの八木景子さんの、『クジラの情報 正しく伝えたいと研究者が「鯨塾」を開催』という、2018年7月17日(火)10:59発信の記事があった。ちょっと古い記事だけれど、たまたま見つけたので、以下にリンクをはってみることにした。この記事のサイトは、こちらへ。
上の写真は、先週半ばに3回目の収穫となった我が家のラディッシュ。結構たくさん収穫できたので、葉と根の部分を切り分けた時点で、写真に撮ってみた。葉の部分はすぐにさっと茹でておひたしにしていただき、根の部分は薄く切ってラディッシュの酢の物にする予定。 | ||||
2019年9月2日(月) | ||||
次の写真は、この土曜日から英語のレッスンを始めたエロイーザとルーカス。小さい子供は年齢が同じでも女の子の方が男の子よりもおしゃまで、精神的な成長が早いので、ルーカスがエロイーザよりも年下で6歳というところがちょっと心配だった。エロイーザは英語のレッスンを楽しみにしていたようで、ルンルンでやって来たけれど、ルーカスは気が乗らない風で、「おはよう」「はい、ここで靴を脱いで」「スリッパをはいて」「ここに座って」「椅子は動かさないでね」など、すべて英語で指示していたら、テーブルについたルーカスが「何言ってるんだか、ぜんぜんわかんない!」と怒ったように言うので、ご機嫌斜めだねと思った。でも、立ったり、座ったり、両手を上げたり、下げたりという動作をCDの音楽に合わせて始めると、笑顔になって、気分良く楽しそうにしてくれたので、ちょっとほっとした。果物の名前を言いながら塗り絵をしたり(写真は塗り絵をしているところ)、ついでに色も少し知っているようだったので、色を言ったり、カードを見せて反復させたりする間、エロイーザはまったく問題なく集中できるのだけれど、ルーカスはあまり集中できない。最後に折り紙で一番簡単なバッタを一緒に折ったのだけれど、どうもこれも彼らには難しくまだ無理なようで、しばらくは物の名前と塗り絵に集中するしかないかなと、思った。ただ、折ったバッタがお土産のようになり、エロイーザはとても喜んで、お迎えに来たお母さんにうれしそうに見せていた。でも、ルーカスは両親が車の外で私と話しているのに、さっさと車に乗り込んで、帰る気満々だった。「まだ早過ぎたでしょうか?」と言うルーカスのお母さんに、「しばらく様子を見ましょう」と伝えた。
| ||||
2019年9月3日(火) | ||||
エドソンが隣町にあるエンブラエーという航空機会社がやっているエンブラエー高校で、先生と生徒を巻き込んで技術プロジェクトを行っていることは何度も書いているけれど、この日曜日にそのプロジェクトの大きな節目のひとつであるバルーンプロジェクトが実施された。バウルのデミウソンが、気象観測用の装置と発信器を取り付けた風船をバウルから飛ばして、ここパーディーニョのエドソンのオフィスのコンピュータでその風船を追跡して、観測した気象データを受信するというもの。バウルにはオーストラリア人の留学生の男の子とエンブラエー高校から3人の生徒と先生1人が行き、風船を飛ばすところに立会い、エドソンのオフィスには3人の生徒と先生1人が来て観測を行った。風船を飛ばすのがだいぶ遅れたため、終了がお昼を大幅に過ぎて午後2時近くになったのだけれど、プロジェクトは大成功だったと言って、エドソンは喜んでいた。風船はパーディーニョの北東にあるピラシカーバという町の農村地帯に落ちたらしく、デミウソンが追いかけて行き、雨の中回収したそうだ。次の写真は、午前9時半頃やって来て、エドソンのオフィスでエドソンの説明を聞いている生徒たち。エドソンの正面に座っている青いTシャツの人が先生で、3人並んでいるのが生徒たち。そして、いつもエドソンを手伝ってくれているジョゼ・ハファエウも、2枚目の写真で左端に座っているのが見える。先日焼いて冷凍してあったバナナブレッドと2リットルボトルのグレープジュースを、おやつ程度に食べてもらおうと用意してはいたものの、昼食抜きでお腹が空いていたようで。12時過ぎて出したら、完食だった。
| ||||
2019年9月4日(水) | ||||
ランドマークの木の足元の三股になった場所に、何年も前に置いた蘭の花が今年も花を咲かせたので撮ったのが次の写真。蘭の芽が伸びていたのは、以前はこの写真の右側部分だけだったのだけれど、今年この木の回りに生い茂っていた木や竹を取り除いてもらったら、左側にも芽が伸びていることがわかった。すると、右側だけでなく、左側も花芽が出て、しばらくすると開花した。2枚目の写真は、右側の花を少しアップで撮ったもの。何もせず放っておいてもこうして毎年花を咲かせてくれるなんてとてもうれしい。
| ||||
2019年9月5日(木) | ||||
今年は、エドソンが頻繁にエンブラエー高校に出かけて行くため、時間があると帰りに高校からほど近いスーパー・コンフィアンサに寄って、野菜や果物を買ってきてくれるので、とても助かっている。そして、先週の金曜日もお昼前からエンブラエー高校に行っていたエドソンが、午後4時頃ムリロのレッスンをしている際、帰宅してせっせと荷物を台所に運び込んでくれる姿を見て、ああ、コンフィアンサに行ってくれたんだと理解した。そして、翌日の朝、さあ、朝食にしようという段になって、あっと言って、外に出て行ったので、何だろうと思ったら、昨日車から下ろすのを忘れてたんだと言って、次の写真の蘭の鉢植えを持って来てくれた。今、うちの食堂には7鉢の蘭があり、その内ひとつ(写真左側)は花が咲き、3つはつぼみがふくらみ始めていて、その他はまだ花芽が伸びつつある段階なので、ちょっと寂しいと思ったのか、コンフィアンサで販売されていた蘭の内、彼が気に入ったものを買って来たようだった。それで食卓の中心に置いて華やかな蘭を楽しんでいる。
| ||||
2019年9月6日(金) | ||||
ランドマークの木の西側の道沿いの、桜並木が始まる列の後ろにイペーの木が1本あるのだけれど、回りを色々な木に囲まれていて、花が咲いても良く見えなくなっている。もうそろそろ咲く時期ではないかと思い、側に行って見てみると、ポツポツと3つほど花が咲いていた。それで撮ったのが次の写真。午後写真を撮りに行ったので、逆光を避けるため、花の後ろ側からの写真になってしまった。
| ||||
2019年9月7日(土) | ||||
次の写真は、イペーの木が生えている場所から少し下がった辺りにある2本のライムの木の1本を撮ったもの。黄緑色のライムの右側に、小さな白い花も見える。今、三角地帯のレモンの木にもたくさんレモンがなっているので、毎日のようにレモンジュースを作ったり、お料理に絞り汁をふりかけたりして使っているのだけれど、いつものことながら、とても追いつかない。エドソンはレモンパイを作ってと言っているのだけれど、バナナブレッドよりも手間がかかるし、無塩バターを切らしていたこともあって、先延ばしにしていたら、エドソンが無塩バターを買って来てくれたので、作らない言い訳がなくなってしまった。
| ||||
2019年9月8日(日) | ||||
家の西側の庭に植えた小さな木は、ぼんぼりちょうちんのような可愛い花を咲かせる。名前を知らないので、私はぼんぼりちょうちんの花と呼んでいる。基本的に大きくなる木ではないのか、ひょろひょろとして、あまり元気そうには見えないのだけれど、今2つ花をつけているので撮ったのが次の写真。2枚目は、下の方の花を近くから撮ったもの。花にうまく焦点が合わず、ちょっとピンボケになってしまった。
| ||||
2019年9月9日(月) | ||||
9月4日~6日にサンパウロで開催された教育シンポジウムに参加された後、足を伸ばして、この土日に2泊3日の予定でこちらまで来てくださる予定だったリオ州のボルタ・ヘドンダ在住の松浦さんご夫妻は、奥さんが体調を崩したため、予定が急遽キャンセルになってしまった。彼らの訪問に合わせて土日の英語のレッスンをお休みにしていたので、久しぶりに英語のレッスンのない土日を過ごすことができ、訪問がキャンセルになったことは残念ではあったけれど、この自由な時間を利用して土曜日にパーディーニョの町の衣料品店に買い物に行ったりと、のんびり過ごすことができて、これはこれで有意義だった。 次の写真は、防風林の列の一番下の道に面した場所に植わっているサンタバーバラの木に花が咲き始めたので撮ったもの。ここはほぼ一年中何か花が咲いているのだけれど、この春の時期になると、一年に一度この時期だけ咲く花がいろいろ咲き始めるので、ああ~春なんだなと思う。季節感の薄いここでの生活ではあるけれど、一応冬は寒いので、その寒さ(と言っても日本の冬のように寒いわけではないけれど)が緩み、暖かくなると、少し春を感じることができる。
| ||||
2019年9月10日(火) | ||||
次の写真は、エドソンが撮った8日(日)の日の入りの様子。先週は曇りがちのお天気で気温が15~6度くらいまでしか上がらず、ちょっと寒い日々だったのだけれど、金曜日からお天気が回復し、土曜日から気温がぐんぐん上がり始め、日曜日の午後の気温は32度と暑くなった。こんなお天気で翌日も暑くなると思われる日の太陽はいつもより真っ赤な色で日の入りするので、エドソンが夕食前に外に出てこんな写真を撮ってきた。今後2週間の長期の天気予報によると、これから先ずっと最高気温は30度から31度で推移するらしい。何だか突然夏がやって来た感じだ。
| ||||
2019年9月11日(水) | ||||
次の写真は、食堂の南側の窓から撮ったトゥカーノ(オオオニハシ)。家の南側の三角地帯に3本くらいあるグアプルブという木は、冬の間葉を落とし裸になっていたのだけれど、このところようやく枝先に葉の新芽が出始めている。彼らがとまっているのは、そのグアプルブの木。この写真を撮る前、朝食を食べていたら食堂の西側の窓の向こうを北(右)から南(左)に向けて1羽のトゥカーノが飛んで行くのが見えた。でも、そんなことはここでは珍しいことではないので、あまり気にも止めなかった。そして食事が終わって食卓のお皿などを流しにさげていると、トゥカーノの鳴き声が近くで聞こえるので窓から見てみると、すぐ近くに3羽もいたので、この写真を撮ってみた。彼らは食堂の窓から見える家の西側のユーカリの木の上に数羽集まっていたりすることはよくあるのだけれど、それよりももっと家に近いグアプルブの木に集まっているのは初めて見たような気がする。
| ||||
2019年9月12日(木) | ||||
うちの離れの建設は、去年の9月頃基礎ができた段階でペドレイロのミウソンが仕事を投げ出してしまい戻ってこなくなった。それで、この5月にパウロの会社で働くルーカスのお父さんに仕事を頼んだのだけれど、何故か約束通りに仕事に来てくれず、こちらも当てにならないということになり、どうしたものかと途方に暮れていた。そして、8月上旬だったか、毎週土曜日の午後英語のレッスンにやって来る中学生のマテウスに、お父さんにインタビューをして次回のレッスンでお父さんになりかわってjob interviewに答えるという宿題を出したら、ちゃんと宿題をやってきて、その解答を聞いて彼のお父さんが昔ペドレイロの手伝いをしていたことがあったと知った。それで、お迎えに来たお父さんに、離れの建設が1年もストップしていて困っているのだけれど、誰か良いペドレイロを知らないかと聞いてみた。2~3人知っているから聞いてみて、エドソンに連絡してあげると言ってくれ、すぐに動いてくれた。2日後にはみつかったと連絡をくれ、数日後にはその人を連れてうちまでやってきてくれ、その人が仕事を引き受けてくれることになった。その時その人が請け負っていた仕事が2~3週間で完了するから、それが完了したらうちに来てくれるということだったのだけれど、その言葉通りに来てくれるだろうか?と、これまでの経緯もあって少々不安だった。でも、先々週、仕事の完了が少し遅れているから、うちの仕事を始めるのは9月の第二週になりそうだと連絡をくれたり、先週は、作業に必要なセメントなどのリストをエドソンに送ってきて、調達しておいてほしいと連絡をくれ、どうやらちゃんと仕事をしてくれそうな人だということがわかり、本当にありがたかった。まずは、マテウスのお父さんに大感謝!!次の写真は、月曜日に作業が始まった離れの建設現場を、午後撮ったもの。レンガを積んでいる2人がペドレイロで、左側の麦わら帽子に水色のシャツの人がパウロと言って、マテウスのお父さんが紹介してくれた人。コンクリートミキサーのところにいる2人は手伝いの人。日によって手伝いの人が1人だけの日もあるけれど、だいたいいつもこの3~4人で仕事をするらしい。この写真を撮った時はもう4時を過ぎていたので、手伝いの人たちは帰るための片付けを始めるまではすることがないみたいだった。
| ||||
2019年9月13日(金) | ||||
次の写真は、水曜日の午後やってきた新しい英語の生徒さんのニヴァウド(Nivaldo)とお父さん。ニヴァウドは14歳で、ボトゥカトゥの中学校に通っているのだそう。アイルランドに短期留学したことがあるお兄さん(すでに社会人)がいるという家庭環境なので、自分も英語を勉強したいと希望し、ルイーザ(私の中学生の生徒さんのひとり)のお母さんから私のことを聞いて連絡してきたということだった。それで来週の水曜日からレッスンを始めることになった。これで週に11クラス、13人の生徒さんを抱えることになった。彼らが来た水曜日は午後は気温が35度にもなり(そして昨日も35度で)、とても暑かった。今からこんな異常な暑さで、これから本格的な夏になったらどうなるんだろう?こんな暑さの中、週に11ものレッスンをこなすのはちょっと大変と不安になった。
| ||||
2019年9月14日(土) | ||||
2019年9月10日付けのニッケイ新聞「コラム 樹海」に「移民の経験を評価し直すありがたい国際学会」という記事があったので、以下にリンクをはってみた。この国際学会というのは、9月4日から6日までの3日間サンパウロで行われたもので、リオ州ボルタ・ヘドンダ在住の松浦さんご夫妻が参加されたものと同じ。松浦さんが送ってきてくださった3日間のスケジュールを見て、ブラジル国内外の様々な大学の先生たちがパネリストだったり発表者だったりして、ポスターセッションなどもあり、ずいぶん学術的なシンポジウムだなという印象だったのだけれど、このニッケイ新聞の記事を読んで私の印象通りのものだったんだと思った。この記事のサイトは、こちらへ。 同日付けで、もうひとつニッケイ新聞の記事に『日本にはない「祭りダンス」』という短い記事があったので、以下にその記事をコピーしてみた。上記のシンポジウムで話し合われた「何が日本らしさか」「どんな日本文化が生き残っているか」という具体的な事例のひとつと言えるかもしれない。 『先日、北パラナの日系イベントで盆踊りを目にした。参加者は月とちょうちんに照らされ、やぐらの太鼓奏者を囲み、歌謡曲などに合わせゆったりと踊っていた。若者や非日系人も多く、「これが日本文化継承の姿か」とぼんやり眺めていた。 数曲の歌謡曲が終わり、盆踊りも閉幕かという頃、突然1990年代のアップテンポなJ‐POPが流れ始めた。何かの間違いかと見ていると、先程まで年配者がリードしていた盆踊りとは打って変わり、若者が先頭に踊り出てキレのあるダンスを披露し始めた。「待ってました」とばかりに、楽曲に負けじとかけ声を上げ、ハイテンションでやぐらの周囲をグルグルと回った。 後で聞いたことだが、若者たちは日本のアップテンポな楽曲に合わせ踊る「祭りダンス」が大好きなので、それのルーツになった盆踊りを先にやることを約束事にしているとか。「祭りダンス」が盛んになるほど、盆踊りも残っていく仕組みだ。良い方策だと感心した。 と同時に、日本にはない「祭りダンス」という新しい「日系芸能」を彼らは作り出したのだと、興味深くお祭り騒ぎを見つめていた。(大)』 | ||||
2019年9月15日(日) | ||||
13日(金)はエドソンの誕生日だった。11日と12日は、午後の気温が35度にもなり暑かったのだけれど、13日は予報通り気温が下がり、朝の気温が14度で、午後の最高気温も26度だったので、ほっと一息ついた感じだった。午後の気温が14度だったりすると寒いと感じるのだけれど、朝の気温が14度だと、ああ涼しい、いい気持ちと感じるのだからおかしなもんだねと、エドソンと話した。先日来先延ばしにしていたレモンパイをエドソンのお誕生日のデザートに作ろうと思ったら、木曜日に牛乳を切らしていたことが発覚。そのことを説明して、牛乳がなくてもできるチョコレートムースとレアチーズケーキのどちらがいいか希望を聞いたら、すぐに牛乳を買ってくるからレモンパイを作ってということで、レモンパイを作った(以下写真)。よほどレモンパイが食べたかったんだね。今回のレモンパイは、カスタードクリームの上に泡立てた卵白を置いて角を立てて再度オーブンで焼くタイプではなく、カスタードクリームの上は生クリームに少しゼラチンを混ぜて冷やして固めるタイプのものを作ってみた。カスタードクリームにも生クリームにもレモンの絞り汁を混ぜて、パイの上にもレモンのスライスを乗せて、レモンをたっぷり使ったレモンパイができあがった。その結果は、おいしかったと合格点をもらった。良かった。良かった。そして、お誕生日の夕食は、牛ヒレ肉のローストビーフと、大豆と野菜のサラダと、きゅうりの酢の物、そして、この日の朝収穫したラディッシュの葉で作ったおひたしという献立にした。ただ、ローストビーフに関しては、肉奉行のエドソンが自分で岩塩をまぶしたりして準備をして焼いてくれた。
| ||||
2019年9月16日(月) | ||||
金曜日の朝、台所と寝室を行ったり来たりしながら家事をしていると、居間の西側の窓から黄色い花のようなものがたくさん見えたような気がしたので、窓辺に行ってしっかり見てみると、何と、先日花が3つほど咲いたと言って写真を掲載したイペーの木にたくさん花が咲いているのが見えたのだった。家の中に居ながら、居間の窓から見えることに今年初めて気がついたことになる。何だかとてもうれしい発見をしたような気分になった。イペーの木の背が高くなったから見えるようになったのか、手前の竹に葉があまりないから見えるのか、良くわからないけれど、とにかくはっきり見える。昼食後のわんこたちとのお散歩に出てイペーの前を通った際、エドソンがイペーの花がたくさん咲いたねと言うので、今朝、居間の窓から見えたのよと言って、家に戻ってから、「ほら」と、窓のところからイペーの木の方向を指差すと、黄色の花がはっきり見えるので、エドソンも驚いていた。
| ||||
2019年9月17日(火) | ||||
今月初め、エドソンが所属するグループの人から一斉メールで、知り合いが引越しに際して、結構新しい中古の家具と家電をまとめて売りたいと言っているのだけれど、欲しい人はいないか?と連絡してきたと言う。離れができると、そこに置く家具と家電が必要になるので、写真を送ってもらって、品物がちゃんとしていて値段が妥当なら買おうかと思うんだけれどと、エドソンが言うので、私もそのアイデアに賛成した。話がパタパタと進み、購入を決め、この土曜日の朝、その中古の家具と家電がうちに運び込まれた。ボトゥカトゥの引越し業者さんに頼んで現地のアパートに来てもらい、その中古の家電と家具を運び出して、トラックに積み込んで運んでもらい、とりあえず下の部屋に入れてもらったところを撮ったのが以下の写真。次の写真は、座り心地の良さそうなソファー。リクライニングもできるようだ。これは離れの居間に置く予定。
次の写真は、小さな正方形のダイニングテーブルと椅子。これらも離れの台所に置く予定。
次の写真は、冷蔵庫。左手前に見える白いものは、これまでここで使っていた冷蔵庫なのだけれど、この写真の冷蔵庫の方が容量が大きいので、この冷蔵庫をここで使い、これまでここで使っていた白い冷蔵庫を離れの台所で使うことにした。すでに中身を入れ替えて、この新しい冷蔵庫を使い始めている。白い冷蔵庫よりも性能がいいので、モーターの音が静かだとエドソンが言っていた。この冷蔵庫の左側奥に見えるのはガレージでの仮住まいの際使っていたガスレンジ。これを離れの台所で使おうと思っていたのだけれど、今回、ガスレンジも一緒に来たので、これは当分使う予定がなくなり、引き続きここにこうして置いておくことになった。
次の写真は、左がガスレンジで、右が洗濯機。このガスレンジは離れの台所で使い、洗濯機は、今私が使っているものよりも容量が大きいのでそれと入れ替えて、今使っているものを離れで使うことにした。中古と言っても、どれも新しくきれいなものだったのだけれど、支払った金額は4,000レアル。元のオーナーがこれらを購入した際支払った金額は7,000レアル超だったらしい。そして、引越し業者さんに支払った金額が400レアルだったので、とても良い買い物をしたなと思った。あと、離れに必要なものは、台所の流し台と、洗面所の洗面台と便器だけになった。これらは砂や砂利を買っているパーディーニョの建築資材のお店でも販売しているので、わざわざボトゥカトゥに探しに行かなくてもいいらしく、買い物の手間がずいぶん省けたと思う。感謝!感謝!
| ||||
2019年9月18日(水) | ||||
マナウス在住の陣内さんが出版された本を購入するために連絡を取ったのがきっかけで、時々やり取りをするようになった。8月に一週間ほど日本から姪御さんが遊びに来ていたので、あちこち連れて行って疲れたと言っておられた。姪御さんなので孫ではないのだけれど、「孫は来てうれしい。帰ってうれしい」という言葉が頭に浮かんだ。そのメールをもらった際、日本とマナウスの間はどのような飛行機の便があるのだろうかと思って、お尋ねすると、「最近ではAmerican Airlines でManausからMiami-Dallas-Naritaとだいぶん時間が短縮されました」と返事をくださった。2回の乗り継ぎの待ち時間がそれぞれどれくらいなのかわからないので、何とも言えないけれど、北米かヨーロッパでの乗り換え時間が7~8時間くらいの行程でサンパウロから日本に行くよりも、全体の移動時間は短いかもしれないなと思った。でも、「それでも歳と共に遠く遠く感じるようになりました」とも書いておられた。 さらに、「サンパウロではアマゾンの魚を養殖していますのでピラルク料理を出すレストランもあるそうですよ。マナウス近くでは釣れなくなり 魚市場では大体養殖物が並んでいます。昔は 毎年乾季には釣りに行くのが楽しみでした。ピラニアは釣る前からボートに飛び込んで来ることもありましたし、ツクナレは5Kgのが釣れました。早いスピードで自然が失われていくのを見せつけられているような気がします。森の住民、トッカーノ族の先祖は太陽と月から生まれたと信じていて、その系図を描いて持ってきてくれました。これから彼らはどうなるのでしょう」ともあった。彼女のメールにはいつもアマゾン愛が溢れていると感じる。今年はアマゾン入植90周年だそうで、盛大な記念式典があるらしく、陣内さんも高齢者枠(80歳以上)で、記念式典に招待されているということだった。 | ||||
2019年9月19日(木) | ||||
先週、離れの建設を始めてくれたペドレイロのパウロたちは、月曜日と火曜日の2日だけ仕事をして、前の現場でやり残したことがあって、そちらの作業に行くから、今度は次の月曜日に戻ると言って来なくなり、作業がストップしていた。でも、この月曜日に言葉通りに戻って来てくれて、また作業が始まった。それと同時に、月曜日はインターネットサービスを提供するもうひとりのパウロの会社から、うちとお隣のウィリアムのところに光ファイバーを通すための工事のトラックやトラクターがやって来て作業をしたのだけれど、午後7時くらいまで作業が続いた。いつもなら月曜日は夜7時からヴィトーのレッスンがあるのだけれど、この日は幸いヴィトーが出張でレッスンがキャンセルになっていたので、夕食が遅くなっても問題なく助かった。翌朝一番のわんこたちとのお散歩に出ると、大きなトラックはいなくなっていたけれど、まだ重機が2台うちの敷地内に止めてあった。次の写真は、月曜日の午後5時を回って、丘の上で作業をしているトラクターと、このトラクターを乗せてきたと思われる大きなトラックを撮ったもの。
| ||||
2019年9月20日(金) | ||||
10日ほど前、サンタ・バーバラの花が咲き始めたと、まだつぼみの状態の花の写真をこのブログに掲載したけれど、その後、花が開いて、たくさん咲いているので、もう一度写真を撮ってみた。木がうっそうとしているわけではなく、あちこち伸びている枝の所々に花をつけているので、あまり派手ではないのだけれど、薄ピンクと濃いピンクのコントラストがきれいで可憐な花だと思う。
| ||||
2019年9月21日(土) | ||||
ここ一週間ほど毎日34度、35度という日が続いていたのだけれど、20日(金)の夕方雨が降り、その後気温が下がる予報だった。でも、予報よりも早く19日(木)の夜雨が降り出し、午前2時頃遠くで雷が鳴り始めたので、エドソンがコンピュータや冷蔵庫のコンセントを抜いたり、私は玄関扉の飾り板を取り外したりした(つもりだった)。そして、午前4時頃すごい稲光のあと、近くで大きな雷が落ちて停電になった。しばらくして雷とは異なるすごい音がしたと思ったら、エドソンが起き出して彼の机回りを懐中電灯で照らしながら、「僕のラップトップが壊れた」と言う。「えっ?コンセント抜いてあったでしょう?」と言うと、「僕の机回りのコンセントは抜かなかった」と言う。でも、私のコンピュータのコンセントも冷蔵庫のコンセントもちゃんと抜いてくれたのに、何故、自分の机回りのコンセントは抜かなかったのかと聞いたら、何となく大した雨じゃないと思ってしまったのが間違いだったと言って頭を抱えている。すぐに電気工事の会社に停電を連絡したので、朝方までには停電は解消したのだけれど、落ち着いて寝ていられないエドソンは、外が少し明るくなり始めると、下のオフィスにコンピュータなどの状況を確認しに行った。そして、コンピュータ1台とモニター1台と小さな機器が2つくらい壊れていたということだった。 下のオフィスで壊れたコンピュータはパウロの会社のものなので、朝食後すぐにパウロの事務所に行って、代わりのコンピュータを至急調達してもらうよう頼み、ラップトップとモニターはエドソン個人のものなので、ボトゥカトゥのお店に買いに行った。その足で、午後からは予定通りエンブラエー高校でのミーティングに出て、その後、スーパー・コンフィアンサで食料品等を買って、夕方大きな荷物を抱えて帰宅した。その間、インターネット受信機器も壊れてしまっていて、土曜日の午後にならないと復旧に来てもらえないということなので使えず、私は、ブログをアップすることができず、仕方なく先延ばしにしていた台所のガスレンジの掃除をしたり、朝食用のサラダを作ったり、夕飯を作ったりして過ごした。寝不足ということもあって午後は疲れてしまったので、広島の渡辺先生から水曜日に届いていた本などを読んで過ごした。何だか落ち込む出来事だったけれど、とにかく、雨が降り出し遠くで雷が鳴り出したら、季節が夏でなくても、必ずコンセントを抜くということをエドソンとふたりで再確認した。次の写真は、渡辺先生から届いた本など。右下は、2019年8月8日付け中国新聞の記事のコピー。「異臭の六日間」というご自身の被爆体験を扱った物語を刊行されたことで、取材を受けられたようだった。そして、左側の本は、先生が書かれた「中井正文と『広島文藝派』ーー或る郊里の地方文壇史ーー」という本。上部のものは、渡辺先生がお仲間と出しておられる「短詩型SF詩群」関連の冊子。
| ||||
2019年9月22日(日) | ||||
昨日の午後、英語のレッスンに来たマテウスに、”How are you today?”といつものように聞くと、満面の笑顔で”I feel great!”と言うので、エンブラエー高校の入学試験の発表があったのかな?と、思ったら、やはりそうだった。エンブラエー高校のネット上のサイトで午前中にアップされた合格者名で確認したのだそう。試験を受けた時点で、難しかったけれど、6割以上正解だったから、たぶん大丈夫だと言っていたし、私も彼は受かるだろうと思っていたので、予想通りではあったけれど、合格したというのは、やはりとてもうれしいニュースだった。試験科目は、ポルトガル語、数学、科学、地理、歴史の5科目で、英語はないと言うので、どうしてだろう?と思った。エンブラエー高校でのプロジェクトで頻繁に校長先生に会っているエドソンに、どうしてか聞いてと頼んでおいた。すると、以前は英語も試験科目に含まれていたのだけれど、この周辺地域の子供たちの英語のレベルはとても低いので、英語の試験をすると、皆不合格になるので、何年も前に英語の試験をするのを止めたのだと言う。マテウスの試験結果は、トップから12番目の成績だったそうだけれど、英語も試験科目に含まれていたら、もっと上の成績で合格できただろうにと、私的にはちょっと残念に思った。マテウスと同じパーディーニョの中学校から男の子がもう一人と、女の子が二人、計4人の生徒が合格したと言っていた。エンブラエー高校は午前7時から午後5時半まで授業が行われるので、来年から忙しくなるねと言うと、うれしいそうに笑っていた。そして、我が家のインターネットもマテウスのレッスンが終わる頃には、ただ単に復旧するだけでなく、光ファイバーに移行する工事が完了して、ちゃんと使えるようになっていて、やれやれとほっとした。次の写真は、土曜日のレッスンの際撮った、マテウス君。
| ||||
2019年9月23日(月) | ||||
次の写真は、日曜日の午前中に撮った離れの建設状況。先週は、毎日建設作業が進み、四方の壁がだいぶ立ち上がった。1枚目の写真は、南東の方角から撮った離れの全体像。2枚目は、この離れの出入り口から撮った、中の様子。家の中の寝室と洗面所を仕切る壁はまだ積み上がっていない。
| ||||
2019年9月24日(火) | ||||
次の写真は、日曜日の朝収穫してきた桑の実。今年は桜の開花が例年よりも遅かったけれど、桑の木も実を付けるのが遅れ、中旬頃には収穫を始めることができそうだなと思っていた。そうしたら木曜日と金曜日に激しい雨が降ったため、色づいて収穫を待っていた実がたくさん地面に落ちてしまっていた。それでも木に残っている実もたくさんあったので、日曜日に今年初めての収穫をした。例によってうちで一番大きなボールを持って行って、そのボール一杯になったところで、初めての収穫は一応終了。そして、月曜日に今年初めてのジャムを作った。
| ||||
2019年9月25日(水) | ||||
木曜日の夜、日付が変わってからなので、金曜日の未明と言った方がいいのかもしれないけれど、雷でコンピュータなどに被害が出たことはすでに書いた。金曜日は1日雨が降ったり止んだりで、その夜もまた激しい雨が降った。その後、気温が下がり始め、土曜日は長袖Tシャツ1枚では寒いので上にもう一枚羽織って過ごした。そして、日曜日は風がとても強く、さらに気温が下がり、翌月曜日の朝の気温は11度まで下がり、最高気温は何とか薄日が差して21度。木枯らしのような強い風も吹き、冬に逆戻りしたようだった。予報では、多少気温が上がったり下がったりしながらも、だいたい同じような感じでしばらく推移するらしい。34度、35度の猛暑も困ったものだけれど、こう急に気温が下がるのも何だか変化が激しすぎる。もう少し緩やかに推移してくれないものだろうかと愚痴りたくなく。そして、今日もまた雨。そろそろ雨期の始まりかな?
上の写真は、月曜日に作った桑の実ジャム。収穫量は1キロ余りあったので、一度に全部は処理できないと思い、約半分の600グラムでジャムを作った。一年ぶりだったので、いつもどれくらいの量で作っていたのかはっきり思い出せなかったのだけれど、出来てから、あれ?量が少なかったみたいと思った。 | ||||
2019年9月26日(木) | ||||
サンタバーバラの花の写真を今月すでに2回掲載したけれど、木の全体像を写真に撮って掲載していなかったので、この火曜日の午後、木の全体像を撮ってみた。先日のブログにも書いたけれど、この木はうっそうと茂る感じではなく、葉も少なく、ちょっと裸のような木で、ひょろひょろとあちこちに伸びた枝の所々に花が咲いているので、少し離れて見ると、花が咲いていることがあまりはっきりとは見えない奥ゆかしい木。この木に向かって左側は竹で、右側すぐ横はくぬぎ。そしてそのまた右側はセドリーニョ。これらの木の後ろ側から防風林の小路が始まっている。
| ||||
2019年9月27日(金) | ||||
Youtube上でノンフィクション作家の川添恵子さんの番組を見ていて、イギリスは日本のような島国で、昔はアフリカやアジアの植民地から膨大な収益を得ていたけれど、現在はそれらの植民地のほとんどを失い、国土面積は日本よりも少し小さく、GDPも日本よりも少ない国と思うかもしれないけれど、イギリスの持つ力と影響力は現在でもそれはそれは大きなものだと解説していた。つまり、イギリスは王室、言葉(世界共通語の英語)、軍事(核保有国)、金融(ウォールストリートと1~2位を争うシティー)、そして、情報という国としての強さの条件となるものをすべて持っている上に、英連邦下に53もの国々を抱えているのだからと。そして、そのイギリスは中国の台頭を許さず、今本気で香港を取り返しに行こうとしているということだった。香港を取り返しに行くかどうかは別として、英連邦下に53もの国があると聞いて、ちょっと驚いた。オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどが英連邦ということは理解していたけれど、英連邦(Commonwealth)というのは、イギリスの旧植民地から独立した国々とイギリスが構成するゆるやかな国家連合体で、約24億の人口を抱えているという認識はなかった。やけに人口が多いなと思ったのだけれど、インドがこの人口を押し上げているんだなと納得。そして、この英連邦のトップは首長と呼ばれ、エリザベス女王が務めていて、次期首長はチャールズ皇太子が務めることが決まっていると言う。アメリカが超大国となり、イギリスは衰退したと考える人も少なくないけれど、実際は、そうではないということらしい。日本には皇室があるだけで、その他の要素は何もないけれど、天皇陛下の序列は世界最高。つまり、エリザベス女王よりも上。でも、皇室だけだは国としての発言力や影響力はないなあ~。ただ、先日見た番組では、オックスフォード大の学生や卒業生が働きたいと思っている国は日本で、みな日本を目指しているというのがあったから、まんざら捨てたものでもないのかな? | ||||
2019年9月28日(土) | ||||
今週は月曜日、火曜日と建設作業が進んだものの、水曜日は雨が降ったり止んだりで、作業が行われず、木曜日は夜明け前に降った雨は止んでいたので、ペドレイロのパウロたちは作業にやって来たものの、レンガが湿っていて積み上げることはできないと判断し、作業は行われなかった。次の写真は、木曜日の朝撮った離れの様子。1枚目は、出入り口から部屋の中を撮ったもの。寝室の壁と洗面所の壁が立ち上がりつつある。2枚目は、角度を変えて台所の窓から部屋の中を撮ったもの。これらの壁は、金曜日に作業が行われて、上まで積み上がった。
| ||||
2019年9月29日(日) | ||||
毎週、水曜日の午後レッスンに来るようになった中学生のニヴァウドは、ボトゥカトゥのレベルの高い中高一貫校に行っているということもあり、英語の基礎もある程度あり、うちで使っているテキストの初めの部分は復習になるため、かなりのスピードで飛ばしている。男の子は小さな子は別として、中学生くらいになると口数が少なくなるように感じるけれど、彼はおしゃべりではないけれど、こちらの質問に答えたり、向こうから質問しようとしてみたり、英語で何とか話そうと努力をしてくれるのがとても好ましい。ニヴァウドという名前は初めて聞いたけれど、まあ、ブラジル人らしい響きの名前だと思った。でも、名字がエブルネオ(Eburuneo)だと聞いて、それも初めて聞いた名字なので、ご先祖はどこから来たのか聞くと、知らないと言う。エドソンに聞いてもそんな名字聞いたこともないと言って、ネットで調べてくれた。そうしたら、もともとはエブルネオリ(Eburneoli)という名字を縮めたもので、イタリアの名前だとわかった。パーディーニョはイタリア人の人たちが作った町で、今も住民の大多数はイタリア系なので、やはりそうなのか、なるほどねえと思った。 | ||||
2019年9月30日(月) | ||||
今月16日に、インターネットサービスのパウロの会社からトラクターなどの重機が来て、うちとお隣に光ファイバーを通す工事が行われたことはすでに書いた。その際、うちの入り口ゲート横の柵を少し壊して、丘の上に向かって地面を掘って、光ファイバーのパイプを通したらしい。でも、柵の支柱がとても古くて腐っていたらしく、壊した所だけでなく、道沿いの柵が軒並み倒れてしまったので、誰かに頼んで柵を作り直してもらわなければならなくなった。すると、ペドレイロのパウロが、彼の70歳のお兄さんが、年金暮らしだけれど、時々、柵を直したりする手伝い仕事をしているから頼んであげると言ってくれ、やってもらうことになった。次の写真は、工事の際、柵を壊してトラクターを入れた場所。コロア・デ・クリストが踏み潰されてしまっている。そして、2枚目の写真は、丘に向かって穴が掘られ、光ファイバーを通した道が何となくわかるもの。そして、3枚目の写真は、最初の写真の新しく設置された支柱と柵をアップで撮ったもの。野良犬などが入ってこれないように、柵の下の部分のワイアーの間隔を通常よりも狭めてもらっている。
次の写真は、この新しい柵を設置してくれたペドレイロのパウロのお兄さんとエドソン。一応、敷地前の道路沿いの作業が終わったので、材料費と合わせて労賃を支払ったところ。この他にもお隣との間の柵の下の部分に犬が入ってこれないように、ワイアーを通してもらう仕事もお願いしている。
|
Home | Copyright (C) 2009 Kyoko Yoshida | Next |