Kyoko Yoshida Life in Brazil BLOG 

2019年7月1日(月)

次の写真は、最近、エドソンがボトゥカトゥのエンブラエー高校に行った帰りに時間があると、時々スーパー・コンフィアンサに寄って、野菜や魚などと一緒に買ってきてくれるようになったシアバタ(ciabata)というイタリアン・ブレッドの一種。日本ではチャパタと呼ばれているらしいのだけれど、これに似たパニーニというパンは聞いたことがあるけれど、チャパタというのは知らなかった。これを半分にスライスしてトーストして、レタスと焼いたソーセージをはさんで週末の朝食で食べるのだけれど、なかなかおいしいパンなので気に入っている。パーディーニョのスーパーでは食パン以外には、小さなフランスパンという名前のパオンジーニョしかなく、フランスパンもイタリアパンも、このシアバタもないのだけれど、コンフィアンサに行くと、いろいろなパンがあるのでうれしい。でも、それでも日本のパン屋さんに比べると本格的なおいしいパンの種類は少ない。これは週末の朝食用なので、いつも買ってくるのは4つだけ。土曜日の朝、2つ食べた後、この写真を撮ったので、写っているのは2つだけ。

2019年7月2日(火)

広島の渡辺晋先生からの依頼で、先生の書かれたIPPNW「私記」の翻訳作業をしている小泉さんから先週メールが来て、IPPNWのConstitutionに関する質問を受けた。私が日本支部のスタッフとしては一番最初だったとは言っても、それよりもずっと以前の設立当初のことは理解していないので、結局、IPPNW本部の事務局長にメールで問い合わせることにしたのだけれど、ネットでいろいろ検索していたら、たまたま昨年片岡先生が広島県医師会速報に書かれた文章がネット上に掲載されているのに行き当たったので、記録として、ここにその記事へのリンクをはってみることにした。記事は、2018年(平成30年)6月25日 広島県医師会速報(第2375号)の、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)コーナーに掲載されたもので、「思い出:IPPNW日本支部と歴代事務総長のことども IPPNW日本支部事務総長 片岡 勝子」というタイトル。この記事のサイトは、こちらへ

2019年7月3日(水)

次の写真は、ブロッコリ(左)と花ブロッコリ(右)を一緒に並べて撮ったもの。パーディーニョのスーパーでは左側のタイプのブロッコリはなかなか見かけず、あってもすでに傷んでいたりして、右側の花ブロッコリを見かけることの方が多い。一方、ボトゥカトゥのスーパー・コンフィアンサでは、花ブロッコリはなく、左側の普通のブロッコリが同じ生産者のカリフラワーと並んで販売されている。ここではチンゲン菜とか小松菜といった緑の葉物野菜がないので、このブロッコリは貴重品の緑黄色野菜で、どちらかあれば、必ず買ってきてもらうようにしている。私はどちらも好きなのだけれど、エドソンは、どちらかひとつを選べと言われれば、花ブロッコリの方が好きだなと言う。

2019年7月4日(木)

次の写真は、家の西側の庭のガーデン・マナカとその手前の階段沿いのサツキ。ガーデン・マナカの花は下の方の花が終わり、上の方の花が咲いている。そして、今、薄ピンクのサツキも咲いているので一緒に撮ってみた。

次の写真は、ボトゥカトゥの日系食料品店ウエノで買ったらっきょう。広島の友人の手作りらっきょうの話をこのブログに書いた際、ここでは誰かが手作りしたようならっきょうをウエノで販売していて、最近は時々、日系の会社が作っているらっきょうも手に入ると書いたけれど、この写真がその市販のらっきょう。200グラムと少量なのだけれど、うちではこれだけでも消費するのに数ヶ月かかる。それからローマ字つづりがLakyoとなっていて、Rakyoではないところに注目。ラーメンもブラジルではLamenで、Ramenとは書かない。つまりLとRの音の区別のない日本人の発音通りにつづっているのでRではなくLになるのだと思うけれど、最初に見た時は、少しへえっ~と思った。

2019年7月5日(金)

次の写真は、火曜日にやって来た人たちの車を撮ったもの。この人たちは、5月下旬にやって来たマトグロッソ州に本社がある会社の重役さんたちで、今回は2人がサンパウロ州の北西にあるマトグロッソ州のさらに北部の町からはるばるこの車で片道1200キロの道のりをやって来たのだそう。よくそんな長距離を車で移動できるなあ・・・、若いからできるんだろうねえ・・・と、エドソンと話した。まあ、私たちもここに来た当初は、こことパラカンビとの間の600キロ弱の道のりをヒーヒー言いながら何回か往復したことがあるけれど、1200キロと言えばその2倍以上。そう思っただけで気が遠くなる。車がトヨタのSUVなので、長距離走行に適しているのかなとも思うものの、やはり私にはしんどくてできない。前回彼らが来てから、エドソンは3ヶ月で仕上げるソフト開発のプロジェクトの仕事を引き受けて、ほぼ毎日下の事務所で仕事をしているのだけれど、依頼から1ヶ月経って、その進捗状況の確認と、新しいプロジェクトの話し合いに来たらしかった。昼食の時間を入れて、ここでの4時間ほどの滞在の後、また1200キロの道のりをマトグロッソ州に向けて帰って行ったのだけれど、考えただけで私は疲労困憊してしまいそう。でも、ブラジルの国内線の飛行機は、直行便が少なく、あちこち遠回りをする便が多いので、飛行機の方が速いとは言えず、しかも料金が高いので、それに比べれば、自動車での移動の方が安くて速いという現実があるらしい。

2019年7月6日(土)

インターネット上で7月3日(水)12:59配信のニューズウィーク日本版の記事に、『「地球平面説」が笑いごとではない理由』というのがあった。『科学関連の信じられないようなニュースが、連日メディアをにぎわせている。例えば、「全米22州で700人以上がはしかに感染」というニュース。予防接種は恩恵よりも害のほうが大きいと考える親が、子供に予防接種を受けさせないケースが増えているためだ。あるいは、一向に可決されない温暖化対策法案のニュース。これは気候と天気の違いも分からない政治家が大勢いることが一因となっている。極め付きは、「地球は平面だ」と主張する「フラットアース論者」が増えていることだろう』という段落で始まるこの記事はなかなかおもしろかった。去年、パーディーニョの知り合いの女性(30代後半で、以前小学校の教師をしていたという人)が、彼女も彼女のご主人も地球が丸いなんて信じていないと言ったというので、驚いたということをこのブログに書いたけれど、エドソンは、そういう考えの人たちは増えていると言っていた。この記事はまさにそのことについて書かれていて、そうなのかと思った。そのことに対応する処方箋も書かれていてなるほどと思った。この記事のサイトは、こちらへ

2019年7月7日(日)

先月、たまたまYouTube上で、ほったらかしで作るパンの作り方というのを見たので、それをメモしておいて、先週そのパンを作ってみた。材料や作り方がこれまで私が作っていたパンとそんなに違うわけではないのだけれど、まず、ドライイーストと砂糖をぬるま湯で溶かして、イーストがブクブクしてくるのを待って粉を混ぜるやり方ではなく、材料をすべて混ぜて、それにすぐに水を加えて混ぜてこねるところが違うのと、とにかく寝かせる時間がとても長い(だから、ほったらかしで作ると銘打っているらしい)のと、焼く時のオープンの温度が高温というのが違う点だった。それらが違うだけなのだけれど、出来上がったパンは、これまで作っていたパンと見た目がすでにずいぶん違っていて、食べてみると、食感、味ともに本格的なパン屋さんのパンのように良かった。ほんの少しの違いなのだけれど、こんなにも違うパンができるのかと驚いた。これまでに私が作ったパンの中で一番おいしいパンができあがり大感激!エドソンもとてもおいしいと言って喜んでくれたので、ルンルンの気分になった。大成功!

2019年7月8日(月)

先週は木曜日、金曜日とお天気が崩れ雨が降り続き、気温が上がらなかった。そして、金曜日の夕方からどんどん気温が下がり、土曜日はお天気が回復したものの朝の最低気温が1度、最高気温が12度。日曜日の最低気温も1度、最高気温は13度と冷え込んだ。今週最低気温、最高気温ともに少しずつ上がるようだけれど、それでも最低気温はしばらく一桁台が続く予報になっている。この冬は冷え込む日があまりなく、ずっと暖かだったのでこの急な冷え込みに震え上がった。それで、家の中では金曜日の午後から薪ストーブの出番となり、この冬はずっと夜もシュハスコ小屋に移動することなく、ベランダで寝ていためいを、金曜日、土曜日、日曜日の3日間は、夜、シュハスコ小屋に避難させて寝かせた。そして、土曜日の朝、シュハスコ小屋から出してベランダに連れてきてから、以前フィオナに着せていたセーターを着せてみた。はるはこういうものを身につけるのを嫌がるのだけれど、めいはまったく気にすることなく、この恰好で過ごしてくれている。次の写真は、ベランダ前の芝生の上で日向ぼっこをしならが横になっているめい。芝生の上やベランダの上でゴロゴロしているとすぐにセーターは汚れるだろうけれど、仕方がない。

2019年7月9日(火)

この日曜日は、ボトゥカトゥに新居を構えて新婚生活を送っているハファエウとマイーラの家での昼食にお呼ばれしてきた。ハファエウは数年前にパウロの会社を辞めて、ボトゥカトゥにある同業のインターネットサービスを提供する会社に勤めているのだけれど、オーナーに会社の運営のほとんどを任されてとても活躍しているようで、彼のお陰で会社が大きくなってきているということだった。パウロの会社で働いている頃は長時間の不規則な労働時間とストレスから体調を壊し、病院で処方された薬を飲んでいたりしたけれど、自宅から徒歩で通える今の会社で仕事をするようになってから、食生活も変え、運動をする時間もできたので、もう薬は飲んでおらず、すっかり体調も回復し、絶好調のようだった。マイーラも臨床心理士としてがんばっているようだった。この家は結婚する前にふたりで一緒に考えてデザインして建てた家だそうで、結婚後すぐに移り住んだということだった。周辺の家々とはまったく異なる外観の、二階建てのとてもモダンな家で、1階に車2台を収容するガレージ、居間、食堂、台所、洗濯室、そして、ハファエウのオフィスがあり、2階に寝室が4つとバスルームが2つという居心地の良さそうな家だった。次の写真は台所。ハファエウがオーブンからお肉を出して切り分けようとしているところ。やはりシステムキッチンはきれいでいいなあ・・・。右側のドアの向こうに見える部屋は洗濯室。

次の写真は居間の奥、台所の手前にある食堂。台所に4人掛けの小さなテーブルがあるので、この8人掛けの正方形のテーブルは普段は使わず、来客の時だけに使うのかなと思った。食卓の横の大きな引き戸の向こうに、シュハスコのかまどが見える。ブラインドで見えないけれど、右側にはシュハスコ用の流し台があった。ここは屋根の下なので、雨が降っていてもシュハスコができるような設計になっていた。引き戸の向こうの左側にはシュハスコの時に使うテーブルと椅子が積み上げてあり、そのさらに向こうの屋根のない空間は洗濯物が干せるようになっていた。とてもよく考えられた使いやすそうな家だなと思った。

2019年7月10日(水)

先日YouTube上で、2019年(令和元年)6月18日に収録されたという『「ひとりがたり馬渕睦夫」#24天皇陛下の本当の役割~天と地を繋ぎこの国をしらす~』という馬渕睦夫氏のお話を聞いた。天皇陛下の役割は日本を治らす/知らす(日本をまとめる)こと、そして祈ること。国民は大御宝(おおみたから)とする天皇の大御心(おおみこころ)。何故天皇は男系男子なのか。なぜ女性宮家が問題なのか。西洋の王室と日本の皇室の違い。私自身はすでに知っていることもたくさんあったけれど、こういうことを多くの人にもっと知ってほしいと思い、リンクをはることにした。このサイトは、こちらへ

2019年7月11日(木)

今年、4月の中旬頃にUNESP(サンパウロ州立大学)農学部付属の会社で仕事をする学生さんたちに来てもらって、うちの森の湧水のサンプルを取って水質検査を依頼したのだけれど、その結果について書いていなかったので、ここで書いておこうと思う。結果から言うと、何も悪いものは検出されず、結構いい水質の水だということが確認できた。ただ、自然の湧水なので、微生物が少し検出されたということだった。だから、森の貯水タンクに水が入る時に一度フィルターを通し、さらにうちで飲み水に使う前にろ過器に通すという二段階でフィルターを通しているので、その微生物の問題はクリアできているという理解をしている。ただひとつ、水の酸性度が少し高めということがわかり、酸性度の高い水を飲み続けるのは体に良くないということで、エドソンが調べてみると、水に重曹を加えることで、水質をアルカリ性に変えることができるということがわかった。以後、ろ過器に水と一緒に重曹を入れてアルカリ性に変えた水を使うようになった。それで水の味とか料理の味が変わったわけではないのだけれど、ひとつだけ変わったことがある。それはエドソンのために作っている桑の葉茶の色が深い緑色になり、私が毎日飲むエルヴァ・ドスィ(英語名はアニス)とローズマリーのハーブティーの色も濃くなり、紅茶のような色になったこと。次の写真は、そのエルヴァ・ドスィとローズマリーのハーブティーを撮ったもの。煎れたてのお茶の色がこんな感じで、時間が経過すると、この茶色がさらに濃くなる。

2019年7月12日(金)

先週の6日(土)と7日(日)の朝、最低気温が1度と冷え込んだ際、どうもここでは珍しい霜が下りたようで、数日後に庭や敷地内のあちこちのアメンドインが茶色に変色していることに気づいた。次の写真は、庭の茶色く変色したアメンドインを撮ったもの。ここは広い範囲で茶色に変色しているけれど、まったく変わりなく緑の部分もある。この他にもところどころ大小さまざま異なる範囲で変色している箇所が敷地内を歩くとあちこちに見える。アメンドインは強い草なので、こんな風に変色しても、しばらくすればすぐに青々と緑色を回復するとは思うけれど、こんな影響が出るほど寒くなるなんてめったにないことなので、ちょっと驚いている。ひどく冷え込んだ数日、めいを夜の間シュハスコ小屋に移動させて寝かせたのは正解だったなとあらためて思った。

2019年7月13日(土)

7月10日付けで掲載されていたボトゥカトゥと周辺地域に関するニュースの中に、私の英語の生徒さんのひとりであるムリロが作っているチーズが、フランスで行われたチーズの世界大会でスーパー・オウロ(金賞のさらに上のランクなので、最優秀賞と言ったところだろうか?)を獲得したというのがあるのをエドソンが見つけて教えてくれたので、そのサイトにリンクをはってみた。隣町のボフェチ(Bofete)にもチーズを作っている会社があるようで、そこのチーズは同じくこのコンテストでプラタ(銀賞)を獲得したとある。ブラジル国内のコンテストではなく、フランスで行われた世界大会でこの地域で作られているチーズがふたつも賞を獲得するなんて大したものだ。この田舎町で世界に誇れるチーズを作っているなんて誇らしい。うちではムリロに頼んで時々チーズを持ってきてもらって買っているのだけれど、私たちが一番好きなチーズはこのサイトの写真にあるスーパー・オウロを獲得したブルーチーズ。エドソンはこれをスライスして、パンの上に乗せてトーストして食べるのが大好き。来週月曜日にムリロがレッスンにやって来たら、このことを話してお祝いをしなくてはとエドソンと話している。このサイトは、こちらへ

2019年7月14日(日)

衛星放送のSKY TVの契約をキャンセルして、Netflixと契約してから数ヶ月が経過した。以来テレビはまったく見ておらず、当初は日本にいる頃から見ていて、途中で見られなくなった「グレーズ・アナトミー」をNetflixで最初の回から見始めたら懐かしくてハマってしまい、連日時間のある時に見ていたら、毎日メレディスやアレックスに会うのが習慣になり、最後の回まで見終わって、メレディスやアレックスと会えなくなると何だか寂しくなり、ちょっとしたメレディス・ロス(メレディスはグレーズ・アナトミーの主人公)になってしまった。他には特に見たいドラマもなく、たまに映画を見たりするだけで、最近はもっぱらYoutube上の色々な番組を見るようになった。いろいろいい番組がある中で、ノンフィクション作家の川添恵子さんのシリーズがとても興味深く、学ぶことがたくさんあった。ここ2~3日は馬渕睦夫氏の「ひとりがたり馬渕睦夫」を見ている。金曜日の午後、掃除が終わり、夕食の仕度を始める前にほっと一息休憩しながら聞いた馬渕氏の「ひとりがたり」の中で、フランスの外交官で劇作家だったポール・クローデル(1868年ー1955年)という人の言葉を紹介していた。この人は1921年から27年まで駐日フランス大使をして、日仏会館を発足した人なのだそう。その言葉が心にしみた。「世界でどうしても滅んでほしくない民族がある。それは日本民族だ。日本は太古の昔から文明を積み重ねてきたから明治維新後急速に欧米文化を輸入しても発展することができた。日本は貧しい。しかし高貴である」

2019年7月15日(月)

この土曜日に来てくれた手伝いのゼーたちは、引き続き敷地内のセドリーニョの高さを切り揃える作業をしてくれた。次の写真の1枚目は、道沿いの下側のセドリーニョの列を切る作業をしてくれているお兄さん。2枚目は、少し位置を変えてその同じ作業を撮ったもの。はしごの上でお兄さんが木の先端を切る作業をして、下でゼーが切り落とされた先端の幹から枝をはらう作業をしているところ。枝がはらわれた幹は、後日(おそらく来年以降の)薪ストーブ用の薪になる予定。3枚目は、視線を少し右に向けて、すでに先端が切られたセドリーニョの列を撮ったもの。でも、このお兄さんの仕事が雑で、セドリーニョの高さが揃っておらず、だんだん低くなっているので、エドソンが注意すると、今度は高くなり、不揃いなセドリーニョの列になってしまい、やれやれ・・・。しまいにセドリーニョのすぐ前にあるジャカランダの3本の幹の内のまっすぐな1本を、どうやらセドリーニョに当たっているからという理由で切ってしまい、大ショック!この人たちは常に注意して見ていないと何をやらかすかわからないと、エドソンは嘆いていた。ジャカランダは青紫のきれいな花が咲く木なので、セドリーニョを切り倒すことがあっても、ジャカランダを切るなんてことは私たちには考えられない。とほほ・・・。

2019年7月16日(火)

次の写真は、土曜日の午後、道沿いのセドリーニョの先端の切り揃えが終わった後、手伝いの人たちにランドマークの木の回りのうっそうと茂っていた果物の木や竹などを取り払ってもらい、ランドマークの木の足元や周辺がすっきりした様子を撮ったもの。マリアが鍬で雑草を取り除く作業をしているのが見える。2枚目の写真は、南側の三角地帯への入り口のところのセドリーニョの先端を切り落とす作業を終えたゼーを撮ったもの。この日はこの1本を切ったところで作業時間が終了したので、この列の残りのセドリーニョは今度ゼーが来れる時までお預けとなった。

2019年7月17日(水)

次の写真は、土曜日にエドソンが作ってくれた夕飯。鶏のレバーとハツを里芋とトマトで煮込んだもので、それ自体は特別変わったものではないのだけれど、エドソンが指示したよそい方がこれまでになくおかしかったので、写真に撮ってみた。まず、お皿に私たちが毎朝食べるサラダを乗せて、マンゴーを少し切って加え、その上からご飯をよそい、さらにその上にうちの畑で採ってきたばかりのネギを刻んだものをたっぷり乗せて、最後にレバーとハツの煮込みを乗せるというものだった。よそい終わったエドソンのお皿を撮ったのが次の写真。何だかいろいろな味が絡み合って、おもしろい味になっていた。画面の左上にわずかに見えているものは、アボカドに刻み海苔を乗せてポン酢をかけた、いつもの一皿。

2019年7月18日(木)

月曜日夜のムリロとヴィトーの英語のレッスンは、急遽キャンセルして、ムリロのチーズがフランスであったチーズの世界大会で最優秀賞を受賞したことをお祝いすることにした。ムリロはブラジル人にしては珍しく穏やかで控えめな人なので、自分からひけらかすことはしないだろうけれど、世界大会で最優秀賞だなんてすごいことだよ、私たちもとても自慢に思うという気持ちを伝えたかったのだ。それで日曜日から作って寝かせておいたパン生地で、月曜日の午後パンを焼き、彼らが来てからうちで食べているムリロのブルーチーズをスライスして、パンの上に乗せてオーブントースターで焼いて、ワインで乾杯して、私たち流のブルーチーズの食べ方を紹介した。「世界大会で最優秀賞を受賞するなんてすごいことだね。ボーナスもらえるのかな?」と聞くと、まったくそんなことはなく、従業員に対するささやかなお祝いすらないと言う返事だった。1日の仕事を終える頃、最優秀賞を獲ったチーズ(作っているムリロは別として、おそらくスタッフのほとんどは口にしたこともない)をみんなで試食して、みんなが良く頑張ってくれるから、こういう賞がもらえたことをうれしく思うとか、オーナーから一言でもあれば、みんなのやる気はぐんと上がると思うのだけれど、どうしてそういうことをしないのだろうか?と、不思議に思った。特に、ムリロはこのチーズ作りにはなくてはならない人なのに、彼に辞められたら他のスタッフだけではチーズはできないのに、そのことがわかっていないのかなあ~?次の写真は、おめでとう!とみんなで乾杯しているところ。2枚目の写真は、私が焼いたパンの上にブルーチーズを乗せて、オーブントースターで焼いたもの。ムリロもヴィトーもこういう食べ方は初めてだけれど、おいしいと言って喜んでくれた。

2019年7月19日(金)

今年の3月下旬、中国新聞から文化欄の「緑地帯」というコーナーに8回連載の記事を書いてほしいという依頼があった。今年初旬、楽書倶楽部に書いた香山文庫と移民史をどうやって残したらいいかという内容の文章を、いつものようにこのブログにも掲載したところ、それを読んでくれた広島の友人が知り合いの中国新聞の記者さんに売り込んでくれて実現したもの。どんな記事を書くか8回分のレジュメを出してほしいと言われたのだけれど、趣味で書きたいことをただ書き散らしているだけで、物書きを生業としていないしろうとの私は、そういう書き方をしたことがなく困った。香山文庫と移民史のことが書きたくて与えられた機会ではあったけれど、書いてみないとどんなものが書けるか自分でもよくわからないので、レジュメではなく、とにかく何とか8回分のドラフトを急いで書いて送ってみた。その後、担当記者の方がこれは連載だけれど、前の回を読んでいなくても理解できるように、言葉を繰り返し添えたり、毎回完結するような感じで書いてほしいとか、説明の足りないところを指摘してくださったり、制限のある文字数の中でどこを削ぎ落とすかなど、何度も原稿をやり取りして、5月の上旬に何とかデスクに回せる状態まで来た。でもその後、連絡がストップしていたので、ひょっとして没になっていたりして・・・?と思っていた。すると、今月上旬「お待たせしました」というメールが届いた。何でもかなりの数の原稿が順番待ちをしているらしく、デスクが目を通してOKが出るのに時間がかかったということだった。そして、新聞印刷前の最終的なゲラが昨日から届き始めた。7月20日(土)付けの紙面から掲載が始まるという。ただ、日曜日と月曜日は文化欄がお休みなので、2回目は2日飛んで、23日(火)に掲載されるのだそう。

2019年7月20日(土)

2019年7月16日付けのニッケイ新聞に、「『還流する魂(マブイ) 世界のウチナーンチュ120年の物語』を読んで」という記事が掲載されていた。本土の日本人の意識は外国に出た人間との関係を断ってしまいがちだけれど、ウチナーンチュは移住しても母県との縁を切ることなく有機的・多角的な関係を持っていて、世界のウチナーンチュ大会までして、国籍を越えてルーツ意識を確認するという行動は他県の移住者にはないことだなと思う。ブラジルでは日系社会の中で沖縄県人が一際元気な印象だけれど、こういう背景があるからなんだろうなと少し理解できたような気がした。この記事のサイトは、こちらへ

2019年7月21日(日)

楽書倶楽部の同人で、パラナ州カストロ在住の蓼沼さんのご主人からメールをいただいた。「ブラジル国パラナ州カストロ市の日系コミュニティー」と題した調査報告が掲載された立教大学文学部地理学・人類学研究会発行のRUGASという冊子を送ってくださったので、お礼のメールを何度もやり取りをしている奥様宛てにお送りしたのだけれど、「目立たないけれど、熱心に調査、報告をしている人達も居るのを知ってもらいたいと、思ったのです」とメールにあった。そして、8月3、4日が恒例のサクラまつりなので是非一度お出掛けくださいと今年もお誘いをいただいた。でも、エドソンの仕事が忙しいのはさておいても、離れの建設が土台だけで止まってしまっているので、留守番の人を頼むこともできず、出掛けて行けない。ああ、残念。次の写真は、メールに添付して送ってきてくださった紅葉したさるすべりの木々。カストロはここよりも南で山の上なので冬は寒く、紅葉が見られるようだ。2枚目の写真の背の高い木々は、パラナ松だと思う。うちの庭にも植えて育っていたのだけれど、大きくなりすぎたので今年切ってしまって残念だった。でも、こんなに大きくなるとやはり問題かなと、この写真を見て思い直した。

2019年7月22日(月)

7月18日付けのニッケイ新聞の記事に、『《ブラジル》「地球は平らで、月面着陸は嘘」=反科学的信条を持つ人が一定数存在』というのがあったので、以下にコピーしてみた。日本で同じような調査をしたらどんな結果が出るのだろうか?やはり地球は平らと言う人が何パーセントかいるのかな?こんな現実を知るにつけ、STEM(science, technology, engineering, mathematics)教育の重要性を感じずにはいられない。

『ダッタフォーリャの調査によると、ブラジル国民の7%は「地球は平らだ」と信じていることが分かった。89%は「地球は丸い」と考え、残り4%は「分からない」だった。

今回の調査は、今月始め(3、4日)に、国内103市に住む16歳以上のブラジル人、合わせて2086人を対象として行われた。

「地球は平ら」と答えた人の割合は、60歳以上の人は11%、中卒以下の人は10%のように、高齢者や低所得者、低学歴者ほど高かった。

米国ニューハンプシャー州にある、ダートマス大学宇宙物理学教授のマルセロ・グレイザー氏は、「この結果はブラジルの教育システムの失敗を示している。私が思うに、一部の『地球は平ら派』は、本気でそれを信じてなどいないのではないか。『世の中は全て科学に支配されている。高度な技術を持つ企業などに自分の人生は操られている。自分はその犠牲者』などと信じ込んだ人たちが、科学に支配されることへの“抵抗”の意味を込め、『地球は平ら』といった、誰が聞いてもおかしいと思うような主張をしているのだろう」と分析している。

また、同じ世論調査では、「人類はもう月に行ったことがある」という説は真実か、嘘かという質問も行った。この項目では、26%が「それは嘘」と答えた。「真実だ」と答えたのは70%で、「分からない」が4%だった。

この設問でも「1969年の人類月面着陸など嘘だ」と答えた人の割合は、若年層より高齢層、高学歴者より低学歴者、高所得者より、低所得者が高かった。特に、アポロ11号の月面到着が起きた1969年には既に生まれていた60歳以上の人は、嘘と答えた人の割合が36%と突出していた。(14、16日付フォーリャ紙より)』

2019年7月23日(火)

7月19日(金)8:01配信の現代ビジネスの記事に、『ドイツは一体いつから「一夫多妻OKの国」になったのか』という川口マーン恵美さんの記事があったので、以下にリンクをはってみることにした。近年日本社会でよく耳にする多文化共生という言葉の響きはいいけれど、このスローガンは絵に描いた餅だと思う。実際に異文化を受け入れることはそんなにたやすいことではないし、むしろ元からある自分たちの文化を壊す危険性すらあることを自覚しなければならないと思う。この記事のサイトは、こちらへ

次の写真は、畑から収穫してきたラディッシュの間引き菜とねぎ。このラディッシュの間引き菜はさっと茹でておひたしにしていただいた。茹でるとほんの一握りの量になってしまうけれど、青物野菜の少ないここでは、とても貴重品。ふたりで半分ずつ食べて、あっと言う間になくなってしまった。畑のねぎはいつまでもひょろひょろで、今にも消えてしまいそうだったのだけれど、周辺に鶏糞を置いてみると、みるみる元気になり、背丈も太さも大きく育ち、お店でねぎを買う必要がなくなり、とてもうれしい。

2019年7月24日(水)

7月4日付けのブログで、日系食料品店のウエノで買ったらっきょうの写真を掲載して、ローマ字表記がRakyoではなくLakyoなのは、日本人はRとLの発音の区別がなく、明確でないからそういう表記になったのだろうと書いたけれど、その後ハタとこれは間違った理解だったことに気づいた。ポルトガル語ではRはHの発音になるので、Rakyoと表記されていると、ブラジル人は「らっきょう」ではなく、「はっきょう」と発音し、Ramenと表記されていると、「ラーメン」ではなく「ハーメン」と発音してしまうので、それを防ぐためにそれぞれLakyo、Lamenと表記しているのだと思い至った。英語のレッスンをしていて、生徒さんがみな一様にRの発音がHになってしまうので、何度も指摘して言い直させるのだけれど、また新たなRで始まる単語が出てくると、やはり決まってHと発音してしまうので、ああそうかと思い至ったという次第。ちなみに、ポルトガル語ではHで始まる単語、例えば、Hotelはオテルと発音してHが無音になるので、ブラジル人はHで始まる単語を発音するのも苦手。さらに、日本人もthの発音が苦手だけれど、ブラジル人もthの発音が苦手。そして、wで始まるwhereとかwhyと言った単語もとても言いにくいようだ。母国語にない発音というのはどこの国の人にとっても難しいものなんだなと思う。

2019年7月25日(木)

入り口ゲート近くの大きなパイネイラの木の足元に、去年、何回か、台所から出た野菜くずや果物の皮などを埋めたことがある。すると、今年になってから何かの芽が出始めた。以下の写真の1枚目が、背後にパイネイラの木の幹が見えるように撮ったその植物。少し大きくなって良く見るとまだ実は付けてはいないものの、トマトだということがわかった。それで、この芽を取り除かず、成長するのを見守っていた。すると、実を付け始めたので見ると、ベビートマトだった。以下の2枚目の写真は、近くから撮ったそのベビートマト。たくさん青い実を付けているのだけれど、なかなか赤くならない。毎日のように見ていると、一昨日ようやく数個うっすら色づき始めている実があったので収穫して、台所の流しの前の窓辺に置いたものが3枚目の写真。トマトの木で実が赤くなるのを待っていると、鳥か何かに先を越されることがよくあるので、まだうっすらと色づいたくらいで、ここにこうして置いておくと、しばらくすると赤くなるので、こんなふうにしている。ここでは時々こんな棚からぼた餅的な収穫があるのが楽しい。

2019年7月26日(金)

例年、一年で一番寒い6月が、今年はずいぶんと暖かく、7月に入りガクンと冷え込んだりしたけれど、その寒さもあまり長くは続かず、暖かくなったり寒くなったりを繰り返しながら、薪ストーブの必要のない比較的穏やかで暖かな日々が続いている。そのせいか、いつもならもう咲いているはずの桜が、いつ花開したらいいかわからなくなったようで、まだちょろちょろとしか咲いていない。気の早い花が6月下旬に咲いたのはいつも通りだったけれど、その後が続かず、ようやくつぼみがふくらみ始めたので、一昨日写真を撮ってみた。もうそろそろ開花しそうな感じになってきたので、楽しみにしているところ。

2019年7月27日(土)

韓国を「ホワイト国」から除外することに関連した連日のニュースに正直ちょっとうんざりしているのだけれど、インターネット上に、7/26(金) 6:15配信JBpressの『文在寅政権の「反日」は国内問題だ』という記事があったので、リンクをはってみた。この記事のサイトは、こちらへ

2019年7月28日(日)

次の写真は、昨日の午後うちにやってきた人たちを撮ったもの。右端はオーストリアから来ている高校生の男の子で、左端がこの子のホストファミリーのお父さん。このお父さんの息子が今年ロータリークラブか何かの交換留学でオーストリアに留学して、現地でのホストファミリーだった家庭のこの子と仲良くなったらしく、ぜひブラジルに行ってみたいということで、正規の交換留学ではないのだけれど、オーストリアの学校が夏休みの間ブラジルにやって来て、このお父さんの家庭がホストファミリーとして受け入れたのだそう。とは言っても、このお父さんの息子が通っているボトゥカトゥの私立高校はこの子を受け入れてくれなかったらしく、お父さんの友人であるエンブラエー高校の校長先生に相談して受け入れてもらったのだそう。エンブラエー高校ではエドソンが技術プロジェクトを行っているので、そのプロジェクトに加わることになり、この子が来て以来、エドソンは何度も高校に行っては、彼と関わっている。昨日は、そのプロジェクトのことをさらに詳しく話す目的でやって来たらしい。この男の子は英語が問題なく話せ、高校卒業後は大学に進学して宇宙物理学を学ぶつもりだそうで、コンピュータのことも詳しく、エンブラエーの生徒達よりもかなりレベルの高い優秀な生徒さんだとエドソンは言っていた。さらに、このお父さんは技術文書を書く専門家というとても珍しい高度な専門職の人で、息子はドイツに留学して医学を学ぼうとしていて、すでに英語だけでなくドイツ語も話せると聞いて、へえ~、ボトゥカトゥにはこういう人たちもいるんだとうれしい発見だった。ちなみにこのお父さんも英語が話せる人だった。

2019年7月29日(月)

先週初め頃から桜のつぼみがふくらみ始め、日曜日までに一斉に咲き出しそうな感じだった。日曜日の朝起きて、寝室のカーテンを開けると、庭の桜のピンク色が目に飛び込んできたので、「わっ!桜が咲いてる!」と思わず言ったら、エドソンも飛び起きたのだけれど、つぼみが開き始めてピンク色が濃くなっているところに朝日が当たってより赤くなっていただけで、まだ満開になっているわけではなく、早とちりだった。次の写真は昨日のお昼過ぎに撮った庭の桜と、ランドマークの木の西側の道沿いの桜並木。まだ五分咲きにもなっていない、四分咲きと言ったところだろうか?庭の桜の向こうには、いまもマナカとサツキが咲いているので、我が家は今とても華やか。

2019年7月30日(火)

今年は桜の開花が例年よりも遅く、いつ見頃になるのかまったく予測がつかないので、お花見をいつしたらいいのか迷った。でも、エドソンが今年は一斉に咲きそうだし、次の日曜日まで待っていたら手遅れになるかもしれないから、この日曜日にしようと言って、ハファエウとマイーラをお花見を兼ねた夕食に誘った。次の写真は、二人が到着して、桜を見ながらお散歩をした後、家に入っておしゃべりをしているところ。シャッターを切った際、はるが動いたので、何だかはるの体が半分消えかかっているように見える。

日曜日と言っても、私は午後英語のレッスンがあって、夕食の準備にたっぷり時間をかけられないので、朝のうちにデザートのチーズケーキを焼いて、新じゃがにハーブやオリーブ油などを混ぜたものをオーブンで焼く準備をし、寝かせておいたパン生地を成形して焼く前にもう一度寝かせる状態にして、サラダを作った。レッスンが終わってからパンを焼いて、彼らが到着してからお散歩をしながら桜を見ている間にフィレミニョンのローストビーフと新じゃがをオーブンに入れて焼くという手順で準備をした。今回はローストビーフをパオンジーニョにはさんで食べるサンドウィッチにしたので準備が楽で助かった。でも、マイーラはお肉を一切食べないので、彼女にはブルーチーズをパオンジーニョや私が焼いたパンに乗せてトーストして食べてもらうことにした。次の写真は、食事を始めたところを撮ったもの。窓のカーテンが開いていたので、私がカメラを構えて写真を撮っている姿が窓に写っている。

2019年7月31日(水)

うちには今4羽のニワトリがいる。どういう加減か、抱卵行動をしていなくても、しばらく誰も卵を生んでくれない時期もあったりするけれど、安定的に2個から3個の卵を生んでくれる時期もある。そして、今その時期で、毎日2~3個の卵を生んでくるので、もう数週間卵を買っていない。地鶏なので、気ままなペースで、生みたいときに生むのだろうか?よくわからない。「トリちゃん、おはよう」と私が声をかけながら畑に行くと、運動場のあちこちをそぞろ歩いていたり、鶏小屋の中にいたニワトリたちが一斉に、エサをやるために開ける扉の前に集合する。エドソンが畑に水をやりに行ったりしても、集合したりしないのだけれど、このニワトリたちがうちに来てからずいぶん経つので、私が毎日エサを持って来る人だと学習したようで、集まって来る。次の写真は、月曜日の午後、サラダを作った際出た野菜くずを持って行った際に撮ったもの。左側手前のニワトリが部長で、右側が課長。後ろの1羽は平社員のヒラちゃんNo.1。一番格下のヒラちゃんNo.2は左側の少し離れたところにいて、この画面に入りきらなかったので写っていない。この呼び方は、以前も書いたことがあるけれど、彼らの力関係の序列に従ってつけたもの。



  Home Copyright (C) 2009 Kyoko Yoshida   Next