Kyoko Yoshida Life in Brazil BLOG 

2016年5月1日(日)

先週の火曜日に雨が降った後は、気温がぐんと下がるという天気予報だったので、月曜日の夕方、エドソンが薪ストーブ用の薪として使うために家の裏に積み上げてある廃材を少し電気ノコで切ってくれた。それらをシュハスコ小屋に運んで、雨に濡れないようにして、一部を箱に入れて家の中にも運んで、いつでも薪ストーブが使えるように用意した。朝の気温が10度を下回ると、さすがに寒く、ストーブをつけようかどうしようか迷うのだけれど、今の所まだストーブはつけていない。先月は秋だというのにいつまでも涼しくならず、先週の月曜日まで真夏日だったのだけれど、秋を飛び越して、急に冬が来てしまった感じだ。次の写真は、ストーブの横に箱に入れて用意した薪。はるは箱の中の薪にちょっかいを出すことはないのだけれど、ひろは台所のオレンジ同様、箱の中から手頃な薪を取り出して、ケージの中に持って行き、ポリポリとかじってあたりを汚すので、別の大き目の箱をふた代わりに被せて、ひろがちょっかいを出せないようにしている。

2016年5月2日(月)

以下は、ニッケイ新聞4月28日付けの「コラム 樹海」からの転載。

他の人もやっていれば正当か

『ジウマ大統領罷免審議は上院に場が移り、26日には特別委員会の委員長と報告官、27日には罷免請求理由の是非確認のための召喚者も決まった。現状では、6日の委員会と11日の本会議で審議継続を承認、大統領休職となりそうだ▼ジウマ大統領は今も「財政責任法違反に当たる事はしていない」と主張しているが、「(公的銀行から貸付を受け)粉飾会計と言い立てられている件は前任者達もやっていた」との弁はどう見ても言い逃れに過ぎない。というのも、4月6日付フォーリャ紙が報じた政府の借入額に関する中銀の統計が、現政権で粉飾会計が急増した事を如実に示しているからだ▼カルドーゾ政権末の公的銀行からの借入は9・5億レだったが、15年末に現政権が清算を求められた額は600億レ。カルドーゾ政権ではなかった勤続期間保障基金(FGTS)からの借入も300億レに上っている。FGTSからの借入は第2期ルーラ政権半ばの09年から始まり、看板の持ち家政策〃ミーニャ・カーザ、ミーニャ・ヴィダ〃などが始まってからは粉飾会計が増えたとの注もついていた▼「借金も財産」という人もいるが、公的銀行からの借金という違法行為で会計は健全と見せかけ、実は大穴を開けていたとあれば、国の将来を危険にさらす行為の一つといわれても仕方がない。ルーラ政権末期にはペトロブラス株の売却や外貨準備高の取り崩しといった形での赤字隠しも始まっており、「前任者もやっていた」という言葉に間違いはないが、子供にも「他の人がやっている=自分もやってよいではない」と言い聞かせてきた身には、なおの事、空しい言い逃れとしか映らない。(み)』

2016年5月3日(火)

台所に置いた箱の中からひろがオレンジを持っていってしまうと先日書いたけれど、その後またひろがオレンジを加えてベッドに持って行くところを目撃したので、急いでカメラを持って、ひろがそのオレンジをどうするかを観察してみた。まず、ベッドの中でごろんと横になってオレンジを噛んでみると酸っぱかったのか、ベッドから飛び出して、「あれえ・・・何だこれ?」という感じで、離れてしばしどうしたものかと、オレンジを見つめて考えているようなので、その写真を撮ってみた。やはりオレンジを噛むと、皮が酸っぱくて、おいしくないと理解したようで、その後はベッドの中のオレンジに見向きもしなくなった。でも、この日の夕食後のオシッコに連れ出そうとしたら、またこのオレンジを口に加えて玄関に向かってトコトコ歩いてオシッコに行こうとしたので、おかしくて笑ってしまった。食べるにはおいしくないけれど、おもちゃとして一緒に持って行きたかったのかな?それ以降も、ベッドの中のオレンジに見向きもしない時があるかと思えば、寝室のベッドに行くのにオレンジを加えて移動してみたり、常に側に置いておきたいおもちゃのようになっている。

2016年5月4日(水)

この日曜日のお昼前、私が部屋の掃除をしている間に、夏の日差しを和らげるために吊るしていた外の黒いネットをエドソンが取り外して下ろしてくれたので、夕方、ふたりでそれを畳んでガレージの中で保管するために移動させた。1週間余り前まで暑さが続いていたので、下ろそうにも下ろせなかった日よけのネットだけれど、急に寒くなったので下ろしたら、部屋がぐんと明るくなり、日差しのぬくもりが気持ちいいと感じられるから不思議だ。はるとひろも先週からお昼前頃になると、居間の北側の窓辺に行って、ベッドを居間の日溜まりに移動させてと要求するようになり、毎日午後は居間の日溜まりで過ごすようになった。

2016年5月5日(木)

月曜日に広島の自宅近くの介護施設で暮らす母のことで兄からメールが来た。入浴中介助の人の手がすべって母が倒れて頭を打ち、6針も縫う怪我をしたらしい。CT検査の結果、脳の内部に異常はないため、すぐに介護施設に戻ったのだけれど、兄が会いに行くと、ずっと眠ったような状態で、呼吸が突然荒くなったりするので、看護師さんがこれは少しおかしいと言って、介護施設の主治医に来てもらい、母の怪我の治療をしてくれた病院の先生とも相談して、また病院に戻ることになった。その後いろいろ検査しても、低血圧と脱水症状の他は、特に異常はないということだったけれど、年が年だし、体力も弱っているので、数日入院して様子をみることになった。それで、母に会いに私ひとりで広島に行くことにした。すると翌日火曜日の夕方、日本時間では水曜日の早朝、兄から連絡があり、母が入院している病院から血圧がかなり下がっていて危険な状態にあるので、血圧を上げる薬などを投与するけれど、いつでも連絡が取れる態勢でいてほしいという連絡があったから、私にできるだけ急いで戻った方がいいと言ってきた。家のことやエドソンの仕事の都合などもあるので、来週出発しようと考えていたのだけれど、急遽予定を早めて、大急ぎでドタバタと航空券の手配をした。その結果、昨夜、ようやく土曜日出発で航空券を確保することができた。今朝支払いを済ませ、航空券を入手。あとは出発までに洗濯や家の掃除など細々した家事を済ませなくてはならない。それで、しばらくこのブログはお休みします。こちらに戻ったらまた再開します。

2016年5月18日(水)

昨日の朝、定刻通りにサンパウロに到着。空港まで迎えに来てくれたエドソンと一緒に無事帰宅。羽田からトロントまでの飛行機は満席だったけれど、トロントからサンパウロまでの飛行機はパラパラと空席があり、私の隣も空席だったので、体を横にすることができ、少し眠ることができたのでラッキーだった。母は私がこちらを出発する前に、血圧などの数値が正常に戻ってきていたため、私が広島に戻った2日後には退院して、介護施設の方に戻ることができた。そして、私のことも認識してくれたので、少しほっとした。入院する前の状態に戻ったとはいえ、食事時間以外は部屋で寝ている状態で、鼻から酸素吸入をしたり、脱水症状を改善するために時々水分を点滴するなどして、何とか体の安定を保っている。特にどこが悪いということはなくても体が弱ってきているので、食事から十分に栄養を吸収できず、血液中の酸素が不足気味だったりして、また何かあるとガタガタと体のバランスが一気に崩れてしまいそうな状態ではあるけれど、今回は何とか持ち直してくれたので、意識のあるうちにもう一度母に会いたいという希望が叶い、感謝。感謝。

2016年5月19日(木)

広島滞在中、爽やかないいお天気の日や蒸し暑い日もあったけれど、9日(月曜日)に広島に到着した際は雨で、16日(月曜日)に広島を出発する際も雨というお天気だった。帰路羽田に近づく中、ふと飛行機の窓の外を見ると雲の間から富士山がわずかに見えたので、写真を撮った。富士山を見るとうれしくなるのは、桜を見て気分が良くなるのと同じ日本人のDNAだろうか?

帰宅して、まずめいの熱烈歓迎を受け、その後エドソンがヴィラ・シーコから連れて帰ったはるとひろに熱烈歓迎を受け、みんな元気なことにひと安心。はるは変わっていなかったけれど、ひろが一回り大きくなっている感じなので、体重を測ると9.9キロもありびっくり。ドッグフードの量をエドソンが勘違いして、ひろには通常の2倍の量を与えていたらしく、どうりで大きくなっているはずだと思った。疲労と時差ボケがある上、昨日はザーザー降りの雨で、今日も小雨が降っているため、何だか頭がボーッとしてエンジンがなかなかかからない。荷物の片付けも帰宅した日に少ししただけで、完了していない。でもまあ無理せず休み休みボチボチやろうと思っている。

2016年5月20日(金)

次の写真は、庭で満開になっている白い花。うっすら霧が出て小雨が降るお天気なので、あまりはっきりしないけれど、あちこちに種を飛ばして生えてきた芽にも花が咲いている。広島へ出発した2週間前にすでに咲き始めていたのだけれど、帰ってきたら庭のこの木だけでなく、入り口ゲートへの道沿いに植えて少し大きくなった苗木はみな満開に花を咲かせていた。

お天気が悪く、日差しがないので、こちらに戻って以来寒くて震え上がっている。薪ストーブに火を入れようかと思ったのだけれど、エドソンがガスストーブを使い始めたので、薪ストーブはまだやせ我慢をして使っていない。はるとひろは部屋の中で一番暖かいエドソンのワークスペースのガスストーブの前に1日中陣取っている。画面右側の黒いものがガスストーブ。そして私はコンピュータの前では膝掛けをして、遠赤外線のウォーマーを腰に当てて暖をとっている。

2016年5月21日(土)

しなくてもいいやせ我慢をしていた薪ストーブだけれど、やはり寒いので昨日の朝とうとう火を入れた。水曜日にした洗濯物が、連日の雨で2日経ってもすっきり乾かないので、それもストーブに火を入れる言い訳になった。でも、昨日は雨が降らず、火を入れた後、少し薄日も差し、明るくなり始め、午後からは太陽が顔を出したので、午後からはストーブを消したのだけれど、久しぶりの薪ストーブの匂いとぬくもりにホンワカした気分になった。次の写真は、薪ストーブの前に干した洗濯物。そして、昨日の夜からまた雨になり、どうも天気予報によると今日だけでなくしばらく雨が続くらしい。

2016年5月22日(日)

今回私が広島往復で利用したエア・カナダは、そのインターネット上のサイトで航空機の運行状況をリアルタイムで見ることができるらしく、エドソンは私が移動中のフライトを往復見守っていたと言って、そのサイトを見せてくれた。次の写真は、私が乗った羽田発の飛行機がトロント空港に近づいているところ。周辺にたくさんの飛行機が飛び交っているのがわかる。特に、デトロイト空港周辺が混雑している。2枚目の写真は、トロント空港に着陸して空港ビルに到着した際のもの。私がサンパウロに到着する日、エドソンは朝5時半に起きて、私の乗った飛行機が南米大陸上空に差しかかり、アマゾン上空辺を飛行しているのを確認してから、サンパウロ空港に向けて家を出たと言っていた。こういうものがリアルタイムで見られるなんて、何とも便利になったものだ。そして、ちょっと余談だけれど、トロントからサンパウロまでの飛行機のキャビンアテンダントには女性がおらず、全員が男性だった。女性のキャビンアテンダントの中に数人男性が混じっていることはどこの航空会社でも、これまでにもあったけれど、男性だけというのは今回が初めてだったのでちょっとびっくり。外国の航空会社のキャビンアテンダントは日本の航空会社と違って、一般的に平均年齢が高いけれど、この男性たちもあまり若くなく、40代という感じの人たちだった。

2016年5月23日(月)

毎週土曜日の午前中、私がヴィトーの英語のレッスンをしている間に、エドソンはパーディーニョにあるスーパーのひとつのパーディネンセに食料品の買出しに行ってくれる。このスーパーは金曜日にサンパウロから品物を仕入れて輸送してくるので、土曜日の朝行かないと新鮮な野菜や果物などがないので、どうしても行くのは土曜日になってしまう。この土曜日は朝食の際、今晩はピザを食べようというので、ピザをお店に注文でもするのかな?と思ったら、また新しいレシピを見つけたからふたりで作ろうと言う。そして、パーディネンセで牛乳など必要な材料を買ってきてくれた。いつだったか前回エドソンの見つけた簡単レシピで作ったら、クラストがお化けみたいに膨らんで大笑いしたことがあったけれど、今回は大丈夫かなあ・・・?と、思いながら夕方になり一緒に作ってみた。次の写真がその出来上がったピザ。でも、今回はクラストがあまり膨らまず、また少々失敗作だった。だた、トッピングは2種類のチーズに、玉ねぎ、トマト、ベーコン、カラブレーザというソーセージ、ルッコラと盛りだくさんだったため、味はまずまずだった。

2016年5月24日(火)

次の写真は、今、ダイニングテーブルの上で花を咲かせているラン2種類。手前の白いランは2月の中旬頃から咲き始め、今もきれいに咲き続けている。後方のピンクのランは今月初めに私が広島に行く前にひとつ花が開いたのだけれど、広島から戻ったら、すべてのつぼみが花開いていた。この他にも窓際や壁側の棚の上に計5鉢のランがあるのだけれど、それらはまだつぼみすらつけていない。

2016年5月25日(水)

昨日は朝の最低気温が7度で、その後も曇り空で日差しがなかったため最高気温もせいぜい16度くらいまでしか上がらず、薪ストーブとガスストーブをつけていても何だか底冷えするような寒い1日になった。次の写真は、入り口ゲートに向かう道沿いの様子を撮ったもの。木はまだ小さいけれど、庭にあるのと同じ白い花が満開に咲いている。画面右側にも等間隔にこの木の苗を植えているのだけれど、これらは庭に出ていた芽を今年になってここに植え替えたばかりなので、ようやく根付いたくらいで、苗木はまだひょろひょろしている。同じ列に植え替えたハイビスカスは何度も葉切りアリに襲撃されて裸にされているのでなかなか大きくならないけれど、この白い花を咲かせる木は白っぽい樹液を出すので、葉切りアリは手を出さないらしく、ハイビスカスよりも早く元気に育っている。白い花の間、写真中央で青々としているのは孟宗竹。

次の写真は、この白い花をアップで撮ったもの。小さな白い花がぎっしりと咲いている。エドソンも私もこの花がとても気に入っている。

2016年5月26日(木)

次の写真2枚は、家の前の車寄せの砂利の上で日向ぼっこをしているめい。このところお天気の悪い日が多く寒いのだけれど、めいは夜寝るときにシュハスコ小屋に行って寝る以外は、家の前の芝生の上やこの砂利の上で座っていたり、丸くなっていることが多い。この写真を撮った日は薄日が差していたので、日向ぼっこをして暖をとっている。お天気が悪いとベランダのタイルが濡れていたり、冷たいからか、ベランダにいる時はタイルの上ではなく椅子の上に座っていることもある。

雨が降っておらず日差しのない寒い日などは、家の北側で南からの冷たい風を避けて、居間の前の刈り残して背が高い芝生の中で、次の写真のように埋もれるようにして身体を丸めて寒さをしのいでいることもある。シュハスコ小屋に行けば、ダンボール箱の上にバスタオルを敷いた寝床があり、外にいるよりも寒さをしのげるのだけれど、昼間は寒くても私たちの側にいたいのか、シュハスコ小屋ではなく、いつも家の回りにいる。ストーブの前でぬくぬくとしているはるやひろの生活とは雲泥の差で可哀想だけれど、これがめいを受け入れる際に決めたことなのだから仕方がない。

2016年5月27日(金)

この火曜日にハファエウが英語訳をチャックしてもらえないかと言ってきた。婚約者のマイーラのアート・セラピーに関する修士課程か博士課程の研究論文の抄録だった。でも、その英語訳を読んでチンプンカンプンなので困った。例えば、Powders Graduationという言葉が最初の一文に出てきたので、何だこれ?と頭を抱えた。一緒に添付されていたポルトガル語を見ると、Pos Gracuacaoとなっていた。これはpost graduateのことで、グーグルの自動翻訳でもこんなひどい翻訳はしない。それにオリジナルのポルトガル語の一文がとても長い上に、特に、後半は意味するところがエドソンですら明確に理解できないので、文章を翻訳し易いように短く簡潔にしてもらえないかと頼んでもらうと、マイーラはどうも気分を害したようで、こちらの要望に応えてはくれなかった。それで仕方なく使用されている言葉をより適切な英語に変えるくらいで、意味を取り違えてはいけないので、彼女の言葉を単純に英語に置き換えたような文章にして返信した。火曜日の午後と木曜日の午後それぞれ数時間を費やして、エドソンと一緒に格闘したのだけれど、基本的な論文の書き方とか、翻訳ということに対する理解がないことに疲労感を覚えた。いい文章、特に、いい英語の文章というのは簡潔で明瞭な文章でなくてはならないのだけれど、それを受け入れられずにいいものにしようという気持ちがないのであれば、そもそも私にチェックを頼む必要はないのだけれどなあと思った。

家事の合間にこんなわけのわからない格闘をして、何だか少々疲れたけれど、昨日は楽しいこともあった。この週末を一緒に過ごすために、リオからはるばるエドソンの古い友人のジョアオンが訪ねてきてくれ、午後5時過ぎに無事到着したからだ。彼はエドソンが高校を卒業した2年後から働いていたセペル(CEPEL)という国立の電力研究所で同僚だった人なので、エドソンと彼との付き合いは30年余りになる。彼もアマチュア無線愛好家で、これまでアメリカーナであったアマチュア無線のイベントや、グアラレマであったブラジルアマチュア無線全国大会などにも来ていて、私も会っているのでよく知っている。ジョアオンは英語も話せて話題が豊富なので、話していてとても楽しい。晩ご飯が終わってもエドソンとジョアンの話はつきない。

2016年5月28日(土)

26日の木曜日は聖体祭(Corpus Christi)で休日だったのだけれど、手伝いのヒバマーは木曜日から週末にかけて4連休だったらしく、木曜日と金曜日に仕事に来てくれた。彼がうちの手伝いの仕事を止めたいと言い出してから、いろいろな人に当たっても、次の人を見つけることがまったくできず、途方に暮れていたのだけれど、2週間前の土曜日にヒバマーが仕事に来てくれて、仕事を止めると言ったのは取り消すということだったらしい。何でも、彼のお兄さんだか弟さんだかがカステロブランコ上のホドサーブで働いていたのだけれど、ブラジル経済の悪化で利用者がかなり減ってきたため人員整理があり、つい最近解雇されたので、これから土曜日にはふたりで仕事に来たいということだったらしい。私たちにとってはありがたい申し出だったので、エドソンは喜んでそれを受けたと言っていた。ただ、この木曜日と金曜日は何故かヒバマーがひとりでやって来て仕事をしてくれた。そして、金曜日の午後、ヒバマーを通じて頼んでいたトラクターで草刈りをしてくれる人が来てくれ、作業をしてくれたので、草ボウボウの丘がきれいになった。

一方、うちに滞在中のジョアオンは、健康志向の強い人で、好き嫌いなく何でもおいしいと言って食べてくれるので、お料理のしがいがあって助かっている。毎食ゆっくりとおしゃべりをしながら食べ、食後は一緒にはるとひろのお散歩をして、それ以外の時間はエドソンと一緒にうちの敷地内を歩き回ったり、家に戻って彼らの趣味であるアマチュア無線の技術的なことをずっと話しながら過ごして楽しんでいる。

2016年5月29日(日)

昨日の午前中、エドソンとジョアオンはボトゥカトゥに出かけて行った。ボトゥカトゥから戻ってからご近所の見晴らしのいい場所にあるランショネッチでコシニャ(ブラジルのコロッケのようなもの)とキビ(アラブのコロッケのようなもの)を買ってきてくれたので、作っておいたサラダと一緒に出してお昼にした。その後ふたりはエドソンのワークスペースで無線のことを延々と話していた。ジョアオンがここにいる間、まずまずのお天気で寒さが和らいでいたのだけれど、昨日は夕方から風が吹き始め冷えてきたので薪ストーブをつけた。夕食は水炊き鍋を予定していたので、気温に合ったちょうどいい献立になった。ここの人たちは変わったものを食べようとはしないので、水炊き鍋など出したことはないのだけれど、ジョアオンは食べたことのないものでも喜んで挑戦して、おいしいと言ってくれるので、きっと大丈夫だろうと思い作ってみたら、予想通りとても喜んでくれた。豆腐が手に入らなかったので、鶏肉と野菜としいたけだけの鍋になったのだけれど、野菜中心の胃に優しい食事とポン酢をとても気に入ってくれた様子だった。食後のデザートはチーズケーキにうちで作った桑の実ジャムを乗せて出したら、これもとても気に入ってくれた。

はるはお客さんがいるとうれしくて愛嬌を振りまくのはいつもの通り。一方、臆病なひろはジョアオンに慣れるのに少々時間がかかり、この人は大丈夫だと分かった後も、時々吠えたりして、臆病ぶりを発揮していた。次の写真は、昨日の夜、私たちの夕食が終わり、彼らの夕食が終わり、ウンチとオシッコから戻って、私たちがデザートを食べている間に撮ったもの。はるはエドソンの足元に座っていたり、ベッドに行ったりとフラフラしていたけれど、ひろはベッドの中でおとなしくしていた。

2016年5月30日(月)

昨日は濃い霧が出て寒い朝になった。朝食を食べている時に、ジョアオンが「朝霧は午後からいいお天気になる兆候だよ」と言うので、エドソンは「ここではそうとも限らないけど」と言っていたら、雨が降り出したのでジョアンは驚いていた。ペトロポリスのアララスというところに所有している彼のシチオ(別荘)でもよく霧が出るけれど、霧と一緒に雨が降るなんてことは経験したことがないと言っていた。ここでは霧と一緒に雨が降ることなんてよくあることで、今朝も霧が出て雨が降り始めた。ペトロポリスもここと同じように標高は1000メートルくらいと高く、ここは台地の上の緩やかな丘陵地帯で回りに高い山などないけれど、ペトロポリスは山に囲まれたいわゆる大西洋森林地帯なので、多少気象環境が違うのかなと思った。朝食を終えてジョアオンは9時前にリオに向けて帰って行った。木曜日にこちらに来た際は、途中マージナル・チエテからカステロ・ブランコに乗り替える場所で間違えて15分くらい時間を無駄にしたので、家を出てからこちらに到着するまでにちょうど9時間かかったと言っていたけれど、この雨だと帰路も時間がかかるかなと心配していた。でも、気象レーダーで確認すると、雨雲があるのはこの辺だけで、ここから東に向けて行く彼は雨を気にする必要はなかったのだけれど、リオに近づくに従い交通渋滞で予定よりも1時間以上かかって、午後7時頃にようやく家に戻ることができたということだった。いやいやお疲れさまでした。彼のいた4日間は、健康志向の強いジョアオンに気に入ってもらえるようにと、バランスの良い食事を1日3回作るために、いつにも増してがんばったので忙しかったけれど、彼がここでの滞在を十分楽しんでくれたことが手に取るようにわかったので、エドソンだけでなく私自身も楽しい日々になった。

2016年5月31日(火)

次の写真は、先週ある日のお昼前に撮ったはる(右)とひろ(左)。まだお昼前なので、居間に差し込む日差しはほんのわずかなのだけれど、少しでも日差しが差し込むようになると、ここにベッドを移動させてと要求し、こんな感じでゴロゴロと日向ぼっこをするのが日差しが出た日の彼らの日課になっている。

次の写真は、エリゼウが送ってきてくれたモリンガの苗。10本送ってきてくれた苗の内9本が根付いて育っている。郵便で送られてきた苗をテトラパックに植え替えた際、10本とも弱々しくて枯れそうだったのでちゃんと根付くだろうか?と、不安だったけれど、根付かず枯れてしまったのは1本だけだった。うちで種から育てようとしても、なかなか芽が出なかったり、芽が出ても虫か何かに切られて育たなかったり、ようやく少し育ったので地植えにすると、今度は葉切りアリに襲われたりと、なかなか思うように成長しないので、こんなふうにまとまった数の苗が根付いてくれると本当にうれしい。



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